トキワシティとマサラタウンを行き来していた私にとって、タマムシシティはとても大きな街のように思えた。
いや、実際に大きいんだろう。
私の肩にちょこんと乗ったピカチュウは、初めて見るその街並みにぽけっと口を開けて少しマヌケな顔をしていた。
またそんなマヌケな顔をしたピカチュウが可愛くて仕方がないんだけど。うん、これは確実に親バカの道を辿ってるよね。
初めて見る街にやや興奮気味だったけど、トキワやマサラに初めて訪れた時より不思議と落ち着いていられるのは、大きな建物が多く建ち並ぶタマムシシティの街並みは、自分が本来在るべき世界にどこか似ていたからなのかもしれない。
デパートにマンションにゲームセンター、それらはあっちの世界の何処にでもあった建物。その街並みを見ていたら、何だか少しだけ懐かしい気分になる。
あっちの世界に帰る事を諦めたのかなんなのか、思った以上に落ち着いていられる自分に少しだけ驚いた。
いやそもそも、初めから帰りたいという思いはそれほど強く持っていなかったように思う。友人や家族の事を想えば、少しばかり胸が痛くなるけれど。
この世界で過ごす時間が多くなればなるほど、その痛みは少なくなってきている。
帰らなければというそれも、忘れかけてしまいそうになって。それは、1番忘れてはならない事のはずなのに。

「―××、なにぼーっとしてんだよ!ぶつかるぞ!」
「えっ、わわっ…!」

突然グリーンに腕を引かれたと思ったら、グリーンに抱き寄せられてる形になった。私とグリーンを横切る人を見る限り、グリーンが私の腕を引いてくれたおかげでどうやら人にぶつかるのを回避出来たらしい。
ありがとう、とお礼を言おうと顔を上げた、けど、視界いっぱいに映ったグリーンの顔に思わず目のやり場に困ってしまった。ピジョットに乗ってこの街に着くまでの間に、グリーンと身体を密着させていた事もあってなのか、私の心拍数がうるさくなるのは早かった。
抱擁とまではいかないにしても、近すぎるその距離は同性のスキンシップとは違うのだから、わざとではないにしても恥ずかしいものは恥ずかしい。
ホントに危なっかしいな××は。と少し呆れたように言うグリーンを見る限り、意識をしているのは自分だけなんだろうと思うけど。

「ご、ごめん、ありがとう」

視線を泳がせながら少し強い力でグリーンの身体をを押し返せば、グリーンが少し訝しげな表情を浮かべる。
だけどすぐに私との距離を取って、くしゃりと頭をかいた。

「…や、こっちこそ急に引っ張っちまって悪いな」
「やだな、謝らないでよ。グリーンがそうしてくれなかったら私ぶつかってたし…」
「…ま、気をつけて歩けよ。××は何にもないところで転びそうだからな」
「……あれ、なんか今馬鹿にされたような気がする」
「気のせいだろ」

苦笑を浮かべながらデパートへと足を運ぶグリーンの背中を、小走りで追いかける。
グリーンの背中しか見えていない私には、彼の顔がほんの少し赤みを帯びていた事や、彼の複雑な胸の内なんて知る由も無かった。



「………痛い、」
「なんか言ったか?××」
「えっ、や、何でもない!」

ぶんぶんと首を振って気にしないでおこう、と意気込んだのはいいものの、そのチクチクとした鋭い痛みは止まらない。
デパートに入ってからすぐに、その止まないチクチクとした視線には気付いていたけど。
そういえば完全に忘れてたけど、グリーンってイケメンな上に有名なジムリーダーだった。そりゃ注目の的にもなるはずだ。
その上そんな有名人と一緒にお買い物をしている人物が、私みたいなちんちくりんだもの。
グリーンは周りからのそんな痛い視線に気付いているのかいないのか、普段と変わらない様子で買い物を済ませる。
グリーンは慣れてるんだろうな、こういうの。

「その目覚ましでいいのか?」
「うん、だってピカチュウがずっとこれ見てたから」

自分と全く同じ姿の形をした目覚まし時計に興味を惹かれたのか、私の肩に乗ったピカチュウはずっとその目覚まし時計を首を傾げたりしながら見ていたのだ。その時のピカチュウの可愛さといったらもう。

「まあ自分と同じ姿してるんだったらコイツも壊さないかもな。もう壊すなよ?」

グリーンがわしゃわしゃとピカチュウの頭を撫でれば、ピカチュウは何故か顔を歪ませながら不満げな声を漏らす。

「…嫌われてんのか、俺」
「ええ?そんな事は……」

ないよね?と問い掛けるようにピカチュウを見てみれば、ふいっとそっぽを向かれてしまった。どうやらそんな事があるらしい。ピカチュウがグリーンの何が気に食わないとかは分からないけど、なんかゴメン、と苦笑を漏らしながらグリーンに謝れば、グリーンはふて腐れたように表情を歪ませた。

「…よし、必要なもんはこれくらいか。××、他に欲しいもんとかあるか?」
「ううん、大丈夫」

…とりあえず、ここから早いところ逃げ出したい。
なんかもう周りからの視線がチクチクからグサグサに変わりつつあって、痛いというか怖い。主に女性からの視線が。
そして聞きたい訳でもないのに耳に入ってきてしまう、ヒソヒソと飛び交う声。いや、聞こえるように言っているようだから、ヒソヒソではないか。

「…ねえあれってまさか…」
「えーないって。だって…」
「だよねえ…あんな……」

…なんか、うん。あなた達が言おうとしている事は言われなくても分かってるから。
大体私とグリーンはあなた達に心配されるような間柄じゃないし。喉まで出かかってる言葉、そう大声で言ってやりたいけど残念なことに私はそんな勇気を持ち合わせていない。
というか、グリーンに聞こえてないといいんだけど。私みたいなのと一緒に居るせいで、変な話をされてしまっているグリーンが可哀相だ。

「グリーン、私それ持つよ」
「あ?ああ…いや、別にそんな気遣わなくても…っておい、」

早く逃げ出したい。そんな思いからか、グリーンの話を聞かずに半ば無理やり買った荷物を手に持って、私はグリーンの前を歩く。背中越しに聞こえたグリーンが私の名前を呼ぶ声に振り返れば、また視界いっぱいにグリーンの顔が映った。

え、近い。

「グリーン、どうし…」

どうしたの、と疑問を投げ掛ける前にグリーンから伸ばされた手は、いつも豪快に私の頭を撫でる手つきじゃなく、私の髪にそっと優しく触れた。
グリーンのごつごつとした男らしい指が私の髪に絡められて、その意味が全く分からないまま鼓動を早くさせていると、グリーンからふっと漏れる苦笑。

「…ゴミ、ついてるって」

グリーンのその行動に言葉を失ってしまったのはどうやら私だけじゃないようで、痛い視線を注いでくれていた女の子達の言葉が耳に入らなくなった。
ゴミが取れたのか、グリーンは何事も無かったように私の髪から指を離して歩きだす。その際、私が手に持っていた荷物を奪う事も忘れずに。

…何だったんだろう。今のは。
私にはイケメンが起こす行動が全く理解出来ない。




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