ジリリリ、という甲高い音を奏でているそれを止めようと、布団の中からもぞもぞと腕を伸ばそうとしたその前に、ガシャン、という何かが床に落ちたような音が部屋に響き渡り、甲高い音が止まった。
なに、一体なにが起こったんだ、と思考が覚束ないままゆっくりと上半身を起こせば、やってやったぜ!という顔をしたピカチュウが私の膝の上に乗っている。膝の上に乗ったピカチュウはなんだかそわそわした様子を見せていて、私は頭に疑問符を浮かべながらガシャン、という何かが床に落ちたような音がした方を見てみれば、何かが床に落ちていた。
そこに落ちていたのは、部品がぶちまけられ見るも無惨な姿となった目覚まし時計。
落ちたというか、ピカチュウが落としたんだろう。
きっとピカチュウは「なんか鳴ってるから止めてあげよう」的なノリで、この目覚まし時計を床に落としたに違いない。
そわそわとしたピカチュウの様子を見る限り、目覚まし時計を止めた(というか壊した)事を褒めてもらいたいようで、そんな可愛らしいピカチュウに私が怒る気力なんてものはさらさらなくて。「あ、ありがと」と少し引き攣った笑顔でピカチュウの頭を撫でれば、ちゃあー!と元気な返事をくれたピカチュウに私の頬がゆるゆると緩んだ。
酷く頬が緩んだ一方で、私の脳裏には怒りと呆れが混ざったようなグリーンの表情がぼやっと浮かんだんだけれども。



「ん、起きたか」
「う、うん。グリーンおはよ」
「……おう。これ飲むだろ?」
「あ、うん、ありがと」

今の少し空いた間はなんだろうと思いながらグリーンから湯気が立つマグカップを受け取り、それを口に運べば慣れ親しんだココアの味が口の中に広がる。
…ああこれこれ。これがなきゃ私の一日が始まらない。
じっくりとそのココアの味を楽しんでいると、グリーンからの視線がひしひしと突き刺さる。なんかちょっと怖い。

「…なーんか、今日は目覚めがいいみてえだな」
「そ、そう?別に?」

そりゃあんな破壊音で起こされれば、誰だってスッキリと目を覚ましますって。その上可愛い可愛いピカチュウ付き。
なんて言えるはずもなく目を泳がせてみれば、グリーンはふうん、と軽く流しながらも、目を細めてさらに鋭い視線をこっちに向けてくる。
普通に怖い。最近グリーンには説教をされてばっかりな気がするから、説教をくらうのは何とか避けたいんだけど。
その場をごまかすようにココアをちびちびと一口二口と運んでいたら、ふと違和感を感じた。

「…あれ、ナナミさんは?」
「ああ。姉ちゃんなら朝早くに出てったぜ。夜までは帰らねーってよ。…つーかそれ昨日言ってたけどな」
「そ、そうだった?あはっ」

ごまかすようにぽつりと頬をかけば、はあ、とグリーンに溜め息をつかれた。
グリーンにそう言われ思い返してみれば、確かに昨日ナナミさんがそんな事を言っていたような気がする。うん。
そっかそっか。じゃあジムに行くまでは今日はこの家でグリーンと二人きりか。

……………え、二人きり?

いや、いやいや。二人きりなんて…グリーンと二人で過ごすとか今に始まった事じゃないし、何回も経験してるけど。
それに二人じゃないし、イーブイもピカチュウもいるし!
なに今さら感たっぷりな事を考えてるんだろうか、私は。
きっと「二人きり」なんて言葉が浮かんでしまったせいだ。
実際には二人きりじゃないし、何もないよ、大丈夫。というか、大丈夫って何が。一体何があるっていうの。
ああなんか、よく解らないこの思考を一旦ストップさせたい。

「…なあ」
「へっ?あ、なにっ?」

急に声をかけられて、変なところから変な声が出た。
多分顔も間抜け面してるんじゃないかと思う。

「…俺が知ってる××は朝が弱いはずなんだけどよ」

その話振り返しちゃうんだ。せっかく話題そらしたのに。
ああでも、なんかよく解らない思考で脳内が埋め尽くされるより、説教の事で思考を働かせる方がマシかも。

「たまーにあるの!朝に強くなる日が!ホントたまーに!」
「××ってほんっとに嘘つくのがヘタクソだよな」
「う、嘘じゃないって!嘘って証拠がどこに」
「じゃあさっきのなんだよ?」

部屋で変な音させてただろ、と苦笑するグリーンに何を言ってごまかそうか思考を巡らせてみたけど、何も浮かばなかった。
いや本当は浮かんではいたけど、グリーンの視線が怖くて言えなかったというか。

「…お、怒らないで聞いて?」
「だからそれは、内容次第」



「よーしピジョット、タマムシまで頼むな」

背中に跨がるグリーンの声に、ピジョットはその大きな翼を羽ばたかせる。
レッドのリザードンを見た時もその大きさには驚いたけど、このピジョットの大きさもなかなか…というか、この状況は一体なんなの。

「ねえ!グリーン、」
「早く乗れよ、××」
「の、乗れっていったって、」

…だから、二回目だけどこの状況は一体なんなの。
今朝のピカチュウが壊した目覚まし時計の話をしたら、グリーンは意外にも怒らなくて「新しいの買えばいいだろ」なんて言っていた。
ビクビクしていた私がすごく馬鹿みたいじゃないか。
「つーか、そうならそうって早く言えよ」とまでグリーンに言われてしまって。
そしたら突然じゃあ行くか、なんて言われてグリーンの後を着いて行ったら、訳が分からないこの状況。

「ねえグリーン、どこ行くの」
「だから、タマムシ」
「…どうして?」
「目覚まし壊れたんだろ?」
「そ、そうなんだけど…え、買いに行くつもり?」
「ん、まあそれだけじゃねえけどな。俺も買いたいもんあるし調度いい機会だろ」
「…っていうか、え、ジムはどうするの?」
「帰ってきたら開けりゃいい」

私は最近よく思う。フリーダム過ぎるよ、グリーン。
グリーンのフリーダムな発言に苦笑していたら、乗らねーの?という視線を向けられた。

「ほら、掴まれよ」
「あ、う、うん。ありがと」

グリーンからすっと伸ばされた手に、デジャヴュを感じる。
ああ、レッドのリザードンに乗る時もこんな感じだったなあ。あの時は初めてのポケモンで「空を飛ぶ」と、なんか色々な事に心臓が危ない事になっていたけど。
それを思い返してしまったせいか、なんだか恥ずかしくなりながら恐る恐るグリーンの手を掴めば、ぐいっと引き上げられふわりと宙に浮く私の身体。
グリーンとの近付いた距離の分、心拍数も少し早くなる。
グリーンの腕に支えられた私の身体はすんなりとグリーンの後ろに座らされ、しっかり掴まってろよ、とグリーンが言う。
掴まるって言ったってどこに…と思ったのもつかの間、突然ピジョットの身体が宙に浮いたその衝動でバランスが保てなかった私は、グリーンの背中に抱き着く体勢になってしまって慌ててグリーンとの距離をとる。

「ぐ…グリーン、ごめ」
「だから、しっかり掴まってろって言っただろ?」

苦笑を交えながら、私の手を掴んだグリーンは自分の腰周りにそれをきゅっと絡ませた。
過去に同じようにレッドと身体を密着させた事はあるけれど、一回それを経験したからといって耐性がつく訳じゃない。

悲鳴を上げてうるさくて仕方ないこの鼓動が、グリーンには聞こえてない事を私は願う。




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