荒々しく息を上げた俺がその場所にたどり着いた時、××は何か黄色いものを抱えながら草村で転げ回っていた。
それはもう、とてつもなく嬉しそうな顔をしながら。
俺がその状況を理解するのに、結構な時間がかかった。××には何事も無かったようで安堵した傍ら、息を上げた俺に全く気が付かないまま黄色い何かと戯れている××の姿を見て、沸々と何かが込み上げる。
なんだこのデジャヴュは。ひどく懐かしい。確か前にもこんな事があったような。じわりと額に滲んだ汗を服の袖で拭い、荒い呼吸を調えてから××、と名前をゆっくりと呼べば、××の肩がビクリと揺れて恐る恐るこっちへと振り返る。

その時の××は、とんでもない恐ろしいものを見たかのような表情をしていた。



これは鬼だ。今、私の目の前には恐ろしい鬼がいる。

「…色々と聞きたいことがあるんだけどよ、××ちゃん?」

にっこりと綺麗な曲線を描くグリーンの口元を見て、私の背筋は凍り付いた。
この人絶対笑っちゃいけないところで笑ってる。しかも無意味な「ちゃん」付けがより一層私の恐怖心を膨らませる。
鬼って本当にいたんだね。怖いを通り越して恐ろしいよ。

「き、聞きたい事でござるか」
「…余裕だな、××」

ふっとため息混じりに笑うグリーンを見て、冷や汗が滲む。
ちちちちち違う違う!余裕なさすぎてテンパッちゃって、ちょっと昔にタイムスリップしちゃっただけなんです!
さすがにそんな事は言えないから心の中でそう訴えつつ、私は激しく首を振る。
もう聞き慣れたはずのグリーンの声が、いつもより幾度か低い気がする…いや、気のせいなんかじゃない。低い。
この生きた心地がしない感じは、前にも味わったことがあるはずだ。確かあっちの世界で私の帰りが遅かったあの時。
でも今回の件は、きっとあの時より恐もろしい。

「そのピカチュウは」
「つ、捕まえた…?」
「なんで疑問形なんだよ俺が聞いてんだろ。…まあいい。あのな、この際だから言わせてもらうけどな、前から思ってたんだけど××は注意力が欠けすぎてんだよ。ココがどこだか分かってんのか?トキワの森だトキワの森。今回は何も無かったからいいものの、何かあったらどうするつもりだったんだよ。いいか?ポケモンを持ってないっつー事はだな、」

…お母さんだ。今私の前にはお母さんがいる。いや、お父さんかもしれない。
ノンブレスでつらつらと言葉を綴るグリーンの口の動きは、止まる事を知らない。
グリーンと合流したらきっと説教をくらうだろうと分かってはいたけど、まさかここまで長い説教をくらうとは。
ふとグリーンを見れば走って汗をかいたのか、髪が顔や額に張り付いていて。その様子からも声からも、相当私のことを心配して走ってきてくれたんだろうという事がよく分かる。
事の重大さに今さら気付いて、本当に申し訳なくなって私はきゅっと下唇を噛んだ。

「何かあってからじゃおせえんだぞ…ってちゃんと話聞いてんのか?××!」
「ごっ…ごめん、なさい…」

歯切れが悪い私の言葉に、グリーンは諦めたように溜め息をつきながら頭をかいて。
怒る気力が失せたのか、グリーンはピカチュウを抱きしめている私の頭に手を置いて、ぽんぽん、と軽く叩く。

「…まあ今日のところは何も無かったからいいけど、次からは気をつけろよ?」
「…うん、分かった」
「ぴーかぁ?」

グリーンの説教をくらって肩を落とす私を見上げてくるピカチュウは、大丈夫?というような表情をしていて慰めてくれているようだった。

本当に可愛いな、この子。



「で、どうやって捕まえた?」

トキワの森からの帰り道。
念願のポケモンもゲットできたという事で、私とグリーンはトキワシティへ戻ろうと道を歩いていた。

「××、捕まえれそうな道具なんか持ってなかっただろ」
「え、ああ、うん…」

…しまったなあ。
やっとグリーンの怒りがおさまったところだというのに、ピカチュウをゲットした経緯をグリーンに話したら、きっとまた説教されるに決まってる。
でもポケモンフードの封は開いちゃってるから嘘はつけないし、嘘をついたらついたでもっと怒られるだろうし。
うーんとね…と頭をかきながら目を泳がせていると、グリーンのじとっとした視線がひしひしと向けられてくる。
うわあ、恐すぎるよその視線。蛇に睨まれた蛙ってこんな感じなのかなあ。
…これは、腹を括って正直に言うしかないんだろうな。

「お、怒らないで聞いてね」
「それは内容次第だろ」
「え、それは困る…!」
「いいから話せよ」
「…イーブイの、ポケモンフードを少し拝借しまして…」
「ああ、朝買ったやつな。…ふうん、あれ使ったのか」

あ、良かった。そんなに怒ってないみたいだ。
ホッとして小さな溜め息を漏らした瞬間、グリーンの口角がくっと上に上がって、

「…まあ、説教は帰るまでとっておくか」

この日1番のいい笑顔を見せたグリーンを見て、全身に鳥肌が立ったのは言うまでもない。


(怒らないで聞いてって言ったのに…!)
(俺は怒らないとは言ってねえ)






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