「××ちゃん!これリーダーに渡しといてねー」
「あっ、これもよろしく!」
「はいはーい!」
「あとリーダーに伝言が…」
「ねえポケギア持ってるんだよね!それ使おうよ!」
「いやーグリーンさん電話に出てくれなくてさー」
「それポケギア持ってる意味ないじゃん…」
「じゃあリーダーによろしく。××ちゃん来てくれてホント助かるなー。××ちゃんリーダー見つけるの上手いから」

この世界での生活が始まってから、この日で一週間が経とうとしていた。グリーンから言われた事務的な雑用をこなしながら日々を過ごしているんだけども…ジムトレーナーの皆さん、ちょっと私をこき使いすぎじゃないですか?
というかグリーンもグリーンで、私がこうして動き回るように仕向けているかのように、わざとだとしか言いようがないタイミングでジムから姿を消すし。
ゲームの中でナナミさんが、「しょっちゅうジムをあけて皆を困らせてるみたい」と言っていた意味がよく分かる。
何してんだジムリーダー。
おかげで私はグリーンを探す為に毎日走りっぱなしだ。(早く見つけて伝言を伝えないと忘れちゃいそうだから)
ちょっとした罰ゲームのように思えてくる。
最初はグリーンを見つけるのに苦労したけど、最近では簡単に見つけれるようになってきた。さながらかくれんぼだ。
わざととしか言いようがないタイミングで姿を消すのも、私が早くこの世界に慣れるようにというグリーンの計らいだと思いたいんだけど…だけども、もしかしたら本当にただのサボりなのかもしれないと最近思えてきた。グリーンが姿を消すタイミングがあまりにも良すぎて。
まあグリーンを探し回ると言っても、彼はちゃんと私の目の届く場所に居る。
街の外になんて出て行かれたら、もちろん私はまだ自分のポケモンを持っていない訳だから、成す術がないんだけど。

「あっ、グリーンいた!」

息を切らしながらグリーンに駆け寄り名前を呼べば、グリーンは私の声に振り返る。

「よう泣き虫××ちゃん」
「そ、そう呼ぶのやめてよ!この前からずっとそれだよね!」
「中々似合ってると思うぜ?」
「そういう問題じゃなくて!」

はあ、と疲れたようにため息をつけば、グリーンはまだケラケラと笑っている。
…まあでも、恥ずかしいことこの上ないけど、確かにグリーンの前では何回泣いたか分からないから「泣き虫」と呼ばれてもあまり文句は言えないけれど。
ふて腐れるようにしていると、グリーンから悪い悪い、と手が伸びて頭を撫でられる。
多分、それをされるのが1番恥ずかしいんだけど。

「で、どうした?」
「あーもうっ!グリーンが余計な事言うから伝言忘れた!」

私の声が一際大きくなってしまうのは、恥ずかしさを少しでも紛らわすためだ。
だって恥ずかしがっている事をグリーンに悟られたら、絶対もっとからかわれるし。
…なんか私、グリーンにすごく子供扱いされてる気がする。
私の方が年上なんですけどね!
この歳で頭を撫でられるのは当たり前だけど恥ずかしいし、しかも撫でてるのは自分より年下だしグリーンだし。
なんかもうトリプルパンチ。

「××が忘れっぽいのを俺のせいにすんなよ」
「忘れっぽいって誰が!」
「忘れっぽい代表のお前が何言ってんだ」
「代表とかそんなすごい称号に入るほど忘れっぽくないし」
「傘忘れんなよっつって数秒で持ってくのを忘れたのはどこのどいつだ?ん?」

ニッと意地が悪い笑みを浮かべるグリーンは、私の両頬を指で軽くキュッと摘む。
人の恥ずかしいところばっかり覚えてるなこの人。酔っ払ってた時の事だってそうだし。
というか摘まれてるところが地味に痛いし、なんかグリーンとの距離が近い。
よく伸びるなーなんて言いながら、摘んだ私の頬を指で伸ばし続けるグリーン。
今の私の顔、きっとひどく崩壊してるんだろうなあ。グリーンの前で醜態を曝すのは今さらだけど…何て言うか、どうしてこの人はこういった事を恥ずかしげもなくできるんだろうか。
やられてるこっちは恥ずかしくて仕方がないってのに。
まあグリーンの事だから、やり慣れてるんだろうけど。
そろそろ摘むのをやめてくれないと、ひどく崩壊したままの顔になったまま戻らなくなりそう。それだけは勘弁していただきたい。というか、二回目だけどグリーンとの距離が近い。

「あっ!やふはかのへんごんおほいはひは!」

恥ずかしさを紛らわしながら声を大きく上げれば、話逸らしやがって、とグリーンは摘んでいた私の頬から指をぱっと放す。

「ヤスタカがね、ジムの仕掛けの調子が悪いって言ってたよ」
「そっか。ごくろーさん。サンキューな××」
「これが私の仕事ですから」
「ははっ、そうだな」

苦笑しながらジムの方へと歩みを進めるグリーンの足が、不意にピタッと止まった。
そして私の方へと振り返ったグリーンの口から出た言葉に、私は目を丸くさせる。

「…そろそろさ、お前もポケモン持ってもいいんじゃねえかって思ってるんだけど、」
「…え、それって…」
「別に今すぐって訳じゃねえけどな。××がまだいらないならそれでいいし」

…正直な話、欲しくない訳がないけど。ここ一週間の間、ジムからグリーンの家へ帰ればあの可愛すぎるイーブイが私の足元をうろちょろと動き回る訳で。
こんな子が自分の手持ちだったらさぞかし可愛いだろうな、と思いながら過ごし続けてきた一週間。グリーンのその一言によって、私は思うだけだったその世界を脱出する。

「…自分で、ゲットしたい」

するりと私の口から出た言葉に、グリーンはふっと笑う。

「了解。じゃあ明日、トキワの森行くぜ」
「は、早くない?別に今すぐって訳じゃないって…」
「今すぐにでも行きたいって顔してんぞ」
「……あ、で、でもジムは?」
「明日は閉める。あそこでは俺がルールだからな」

堂々と言いのけたグリーンに苦笑しながら、私はグリーンの背中を追い掛けた。
その日の夜の私はまるで、次の日の遠足が楽しくてたまらない子供のような気分だった。




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