テーブルの上にズラリと並んでいる食事は、グリーンさんが頼んでくれて、ついさっきラッキーが運んできてくれたものだ。
ラッキーの可愛さと賢さに胸を熱くさせながら、片手に箸を持ち「いただきます」とグリーンさんに言えば、グリーンさんは「おう。しっかりと味わえよ」と言いながらにっと笑顔を浮かべる。そんなグリーンさんに苦笑しながら、私は頼んだ食事を口に運んでいく。そんなに時間は流れていないはずなのに、こうやってグリーンさんと面と向かって食事をするのは、ひどく懐かしい感じがする。
あっちの世界でグリーンさんと生活を共にしていたあの日々に戻ったような、そんな感覚に陥ってしまう。

「…なあ、××、」
「なんですかグリーンさん?」
「いい加減それやめろよ」
「…それ、ってなんですか?」
「敬語とさん付け」

グリーンさんに指摘されて、今さら気付いた。
そういえば私グリーンさんと会ってからずっと、グリーンさんには敬語でしかもさん付けだ。
でも初めて会った時から思ってたんだけど、グリーンさんて私より年下なのに大人っぽい感じがするんだよね。
だからそんな彼を呼び捨てにするなんて恐れ多いというか何と言うか、彼はさん付けの方が似合ってるような気がするんだけども。それに今まで敬語にさん付けが普通だったから、いきなりそれを変えるとなると何だか少し照れ臭い気がする。

「…大体、レッドは呼び捨てにしてただろ?」
「あ、あれはレッドにいらないって言われたから…」
「俺も同じ事言ってんだけど」

原点にして頂点なレッドを呼び捨てにするのも、かなりの勇気を振り絞ったんだけどな。
でも、グリーンさんの性格上、堅苦しい感じなのは苦手なのかもしれない。
ちょっと照れ臭いけど、頑張って呼び捨てにしてみようかな。

「つーかお前、俺の事呼び捨てにした事あるんだけどな」
「え、記憶にございませんが」

だろうな、と呟くグリーンさんは呆れたように苦笑しながらご飯を口に運ぶ。

「え、私、いつグリーンさんを呼び捨てにしました?」
「…まあ、酒に呑まれるのもほどほどにしろよ」
「……え?あ…、あっ…!?」

グリーンさんの一言であっちの世界で彼と過ごした日々が、ぼんやりと頭に浮かんだ。
私が仕事先の同僚に飲みに誘われて、グリーンさんを恐ろしい般若にしてしまった日。
怒った姿が非常に恐ろしかったグリーンさんの事は記憶に残ってるのに、それ以外の事は朧げにしか覚えていない。
グリーンさんに怒られたとか、何を食べたかとかは覚えているんだけど、グリーンさんとのは会話は非常に記憶が曖昧。
…私、なんか余計な事を口走ったりとかしてないだろうか。
自分の記憶が曖昧ってところが、とてつもなく恐ろしい。

「まあ心配しなくても、特に変な事は言ってなかったから安心していいぜ?」

にっと口元をニヤつかせるグリーンさんのその表情と言い回しが、何か裏があるように思ったのは気のせいなんだろうか。

「え、えっと…じゃあ普通に変な事を言ってたりとか…?」
「……さあ?」
「さあって!何か言ってたんですか!言ってたんですね!?」

グリーンさんに何を言ったんだあの時の私は!
自分の記憶が曖昧なせいか、頭の中で繰り広げられるそれはありとあらゆる醜態。
そんな勝手な想像に顔を赤くさせたり青くさせたりしていると、グリーンさんの喉から「クッ」という笑い声に似た声が聞こえた。ふとグリーンさんを見れば、彼は顔を俯かせて肩をふるふると震わせている。
笑い声に似た声っていうか、この人今絶対笑ったよね。

「何笑って…え、私笑うような事言ってたんですか!?」
「や、お前の百面相が面白かったから。××ってからかいがいあるよな」
「そ、そうですか。それはそれは良かった…?」
「つーか、早く食わないとメシ冷めるけど?」
「あ、は、はい…」

………じゃなくって!
今からかいがいがあるって言ったよねこの人!

「からかいがいあるってどういう意味ですか!」
「うわ、遅え」
「えっ、グリーンさん私をからかったんですか!?」
「××と喋ってるとたまーにワンテンポずれるよな」
「グリーンさん!今はそんな話してません!」
「お前のその話こそ数秒前に終わったと思うんだけどよ」

話を逸らさないでください、と荒々しくお椀をテーブルの上にどんっと置けば、くつくつと笑うグリーンさんの声。

「そんな怒るなって。さっきのは冗談だから、な?」
「ほ、ホントに冗談ですか?」
「ああ。ただ、呼び捨てにしたのはホントだぜ?」
「そ、そうなんですか…」

全く覚えてない事に(どれだけ酔っ払ってたんだ)恥ずかしさを感じたけど、グリーンさんを呼び捨てにした以外には何も無かったみたいだから、何だか少しホッとしたような。
それにしても、ちょっと見ない間に絶対グリーンさん性格が悪くなってると思う。
それとも、この人は元々こういう人なのだろうか。
だけどいつの間にかそんな冗談を言えるような仲になれている事が、不思議と嬉しく感じた。



「ごちそうさまでした。ありがとね、…ぐ、グリーン、」

おう、と短い返事を返したグリーンの顔は、にっと笑顔を浮かべていた。
いい加減やめろよ、と言われてからさほど時間が経ってない間に何回も私が「グリーンさん」と呼ぶものだから、「俺の話聞いてた?」というような顔をされたのはさっきまでの話。
分かってるけど、そう簡単に慣れるもんじゃないんです。
ちょっと勇気を振り絞って呼び捨てにした途端この笑顔なんだから、相当さん付けが気に食わなかったのかな。

食事をし終わった後の食器は、何処からか姿を現したラッキーが片付けてくれた。食器を運んでいくラッキーの背中を見つめていると、グリーンが「××、」と私の名前を呼ぶ。
その声に振り返ると、グリーンは「ん、」と片付けられたテーブルの上に一枚のカードのような物を差し出した。

「…これって…?」
「トレーナーカード」
「へえー、トレーナーカードってこんな感じなんだ…」

テーブルの上に置かれたそれを何気なく手に取り、そのカードの持ち主の名前部分に書かれた「××」という文字を見て目を丸くしたその瞬間、グリーンから「お前の」という声が降ってきた。

……え、私の?




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