この辺りは治安が悪いのか何なのか、夜になるとバイクの音がうるさくて仕方がない。
それだけじゃなくて、コンビニにまで金髪や茶髪のピアスだらけの若者たちがわんさかといるもんだから、本当に勘弁していただきたい。
せっかくコンビニまで食後のスイーツを買いに来たっていうのに、こんな輩がいたらチキンハートな私は入るに入れない。
こうなったら、スイーツは諦めて必殺Uターン。
絡まれたりなんかしたら洒落にならないからね。自意識過剰と言われたって構わない。怖いものは怖いからね。
本当はロールケーキが食べたかったんだけど、お家にあるプリンで我慢しよう。ふっ、とため息をつけば、口からは白い息が漏れる。
外が寒い証拠。11月ともなれば、さすがに外も冷えてくる。そろそろコタツ出さなきゃとか、あれやこれやと思いにふけっている間に見えてくる見慣れた家。と、玄関前に黒い塊のような影がひとつ。出掛ける前にはあんなのなかったのに。
最初は猫か何かだと思っていたそれは、歩みを進めれば進めるほど猫とは少し違うということに気が付いた。
猫にしては随分と大きいその黒い影。まるで、人が座り込んでいるような黒い影だと思っていたら、本当に人が座り込んでいるもんだから、私は少し目を丸くする。
人ん家の玄関前で何してるんだとか、こんな所にいて寒くないのかなとか、色々と思考を巡らせていても埒が明かない。

「あ、あの」
「おっせーよナナミ!」
「…は、?」

座り込んでいた黒い影はばっと勢いよく立ち上がり、何故か分からないけど何やらすごーく怒ってらっしゃる様子。よくよく見てみれば、その影は明るい茶髪で顔が整っている(イケメンともいう)少年。
この少年も私が「ナナミ」じゃないという事に気が付いたのか、あれ、という風に頭をかいていた。っていうか「ナナミ」って誰。どこの誰と間違えたのかは知らないが、私なんかと間違えられたその「ナナミ」っていう彼女(この少年の彼女ならさぞかし可愛いだろう)に失礼だし、この少年みたいなイケメンな彼氏がいない私にも失礼。

「…ナナミじゃねーな」
「違い、ます」

最近の若者は、人ん家の玄関前を待ち合わせにしてるのか。全くもって迷惑な話だ。
この少年もコンビニにたむろしている輩とか、バイクがうるさい輩の仲間に見えなくもない。一刻も早くお家に帰りたい。っていうか帰ればいいのか、目の前にお家あるし。
おっかしーなーとブツブツ言いながら頭をかいている少年を横切ろうとすれば、「ちょっと待った!」と腕をガシッと掴まれた。「ひっ!」という驚いた声を上げると、少年は「あ、わりぃ」と掴んだ私の手を離す。
なんだなんだ。このイケメン。何やら様子が変だなと首を傾げれば、少年は頭をかきながら口を開いた。

「…ここって、おまえん家?」
「そうですけど…」
「…そっか。ふーん…」

納得したのかしてないのか、少年は頭をかきながらいまだに怪訝な表情を見せる。この表情を見ると、理解はしたけど納得はしていないらしい。
もしかして新手のナンパだったりしてとか思ったけど、生憎私はこんなイケメンにナンパされるようなガラじゃないし。っていうかコンビニに行く為だけに軽い服装で出てきたもんだから、11月の夜に上着がカーディガンだけっていうこの軽い服装は堪える。普通に寒い。

「あ、あの…」
「ん?」
「帰っても、いいですか?」
「あ?あー…まあ、いいんじゃねえの?」

苦笑いを浮かべながら、おまえ寒そうだし。と付け加える少年。それはお互い様だろう。ではではさようなら、と言って帰れるような状況なんだろうかこれは。明らかに様子がおかしいイケメンと、寒くて寒くて凍えそうな私。
じっと彼を見つめる私に、少年は「帰らねーの?」とでも言っているかのような視線を送る。気付いてほしい。帰りたくても帰れないんだという事に。

「…寒く、ないですか?」
「そりゃ寒いだろ。」
「…帰らないんですか?」
「……帰れねーんだよ」

多分な、と呟くように吐き出した彼の言葉は、渇いた笑いを浮かべた表情から出たとは思えないほどの頼りない声。
さっぱり意味が分からない、というように彼を見つめてみれば、彼はうーんと唸りながら頭をかいた。

「…おまえさ、マサラタウンって知ってるか?」
「……はい?」
「いや、やっぱいい」

何でもねーから、と彼は苦笑いを浮かべながら手を左右に振る。はい?と聞き返した私の耳に、彼の言葉は届いていた。聞き慣れない言葉だったから強く耳に残った、という訳じゃない。
それは知らないけれど、よく知ってる言葉だったから。マサラタウンって、あのマサラタウンだろうか?改めて彼をよーく見てみれば、ゲーム画面越しに見ていたジムリーダーの彼によく似ている気がする。
それに、さっきの「ナナミ」と呼んだことだって…あれやこれやと考えて、はっとした私は自分の鈍感さにビビる。私の目の前にいる彼は、トキワジムのジムリーダーにそっくりだ。っていうかその人そのもの。
どうしてこんな所に、どうやってココに、なんて思考が巡るけど、そんなものはきっと彼が一番知りたいことだろう。

「…おまえさ、寒くねーの?」

そんな薄っぺらいのだけじゃさみーだろ、と苦笑いを浮かべながら彼は言う。他人の心配より、まずは自分の心配をしていただきたい。私には、お家に帰れば冷えた体を暖める手段はいくらでもあるのだから。
だけど、彼には?この世界にはきっと、彼が帰りたい場所は何処にもない。

「…お兄さん、」
「…なんだよ?」
「…私と、お茶しませんか?」

どうにかしたい一心で、私の口からは出た言葉はこれだった。なに言っちゃってんの私。生まれて初めての逆ナンしちゃってるよ。他にも色々と、言葉はあっただろうに。

「…俺、珈琲がいいんだけど」

彼は一瞬だけ目を丸くしたけど、次にはもう図々しくも意地悪そうな笑顔を浮かべていた。どうやら私の初めての逆ナンは、ちゃんと成功したみたい。




- ナノ -