まさかまた、こんな醜態を曝してしまうとは。一回目はレッドの前だったけど、二回目はグリーンさんの前で。
出来れば聞こえてない事を願いたかったけど、目の前のグリーンさんは一瞬だけ目を丸くさせたと思ったら、口元を片手で覆い顔をふいっと逸らした。
何とか我慢してるんだろうけど、肩とか小刻みに震えちゃってるし笑い堪えてるのバレバレだよグリーンさん。
二回もイケメンにお腹を空かせた音を聞かせるとか、どんだけだよ私のお腹は。
イケメンの前だけで音を聞かせる機能とか、どこで覚えてきたの。確かにまだ朝ご飯は食べてないんだけども。

「…笑いすぎ、グリーンさん」
「笑っ…てねえっ…よ?」
「説得力なさすぎです!」
「や、いい音だったぜ?初めて聞いたいい音だった」
「お腹の音を聞かれた感想が「初めて聞いたいい音だった」とか人生で初めてです私」
「良かったな××。人生で初体験とか貴重だろ?」
「あんまり嬉しくない初体験でしたけどね」

あれ、なんか…しっかりとグリーンさんと顔を合わせるまですごく緊張してたはずなのに、合わせたら合わせたでなんか普通に会話出来てる。
もう少し、気まずい感じになったりするかなーとか思ってたりしたんだけど。
とりあえず、まずは腹ごしらえだな。と、グリーンさんは笑顔を浮かべながら私の頭をぽんっと軽く叩いた。
…ああ、違った。これは「普通に会話が出来ている」んじゃなくて、グリーンさんがそうさせているんだ。
グリーンさんがあっちの世界に居た時もそう。
彼は自分があんな状況だったのに、それでも笑ってた。私が不安にならないように、心配させないように…きっとそう。そうだと思いたい。
だって、あっちの世界で私と暮らしていたグリーンさんは、そういう人だったから。あっちの世界で触れた彼の優しさに、この世界でも触れることが出来たのが何だか少し嬉しい。

「ご飯って、どこで?」
「まあここからだとトキワが1番近いから、そこのポケセンだな。近いから歩いて行くぞ」
「ポケモンセンターって…私トレーナーじゃないからお金がいるんじゃ…?」
「おいコラお前ジムリーダーの給料ナメんなよ」
「えっ!でもそんなの、グリーンさんに悪い、」
「黙れ一文無し」
「ぐっ、」

グリーンさんの顔を見れば、してやったり、と言うような表情を浮かべていた。
この人、あっちの世界で私が言ったセリフをパクリやがった。
でも今の私に、グリーンさんに返す言葉がある訳がない。
今では私とグリーンさんは逆の立場で、今度は私がグリーンさんにお世話になる側。
甘えてしまってもいいのかと思う半面、甘えなければ私はこの世界で生きていけない訳で。

「余計な事考えてないで行くぜ。腹減ってんだろ?」

ぐしゃり、と私の頭を豪快に撫でたグリーンさんは呆れた様子で苦笑する。きっと、私の思考は彼につつぬけだ。
私は思った事が顔に出てしまうみたいだから。
颯爽と前を歩いていくグリーンさんの背中を、私は小走りで追い掛けた。



トキワシティへと続く道をグリーンさんの後ろを着いて歩いていると、麦藁帽子をかぶった少年と目が合った。

「おいそこのお前!俺とポケモンバトルしろ!」

少年の声に私とグリーンさんの足がピタッと止まった。
この少年は誰に言ってるんだろうと首をキョロキョロとさせていたら、少年は「お前だお前!」と私に指を差した。

「わ、私…!?」
「目が合っただろ!」

いや確かに目は合ったけども。
まさかこの世界が本当に、目が合っただけでバトルを挑まれる世の中だったとは。

この世界はすごい世界だな、と改めて思った。

「あ、えっと、私ポケモン持ってないから…」
「ポケモン持ってない奴が街の外にいるわけないだろ!」
「いや、でもホントに…」
「悪い、コイツ本当にポケモン持ってねえんだよ。どうしてもバトルしたいってんなら俺が相手になるけど?」

私の横から入ってきたグリーンさんを見た麦藁帽子の少年は、驚いたような顔をしてから道をあけてくれた。
さすがはジムリーダー、と言ったところだろうか。
トキワジムといったらカントーでは最後の砦だし、そこのジムリーダーともなればそりゃ有名に決まってるよね。
全然全く意識してなかったけど、グリーンさんって実はすごい人なんだ。それから歩いていく内に幾度か声をかけられたけど、彼等はグリーンさんの顔を見たら素直に道をあけてくれた。

「すごいすごい!有名人みたいですね…!」
「有名人みたいっつーか、有名人だからな」
「あ、そろそろトキワシティ見えてきましたね!」
「スルースキルが上がってないか××?」

初めて見る知ってるようで知らない世界の街の風景に、私の首は疲れる事を知らないのかキョロキョロと動く。
マサラタウンより少しばかり大きいこのトキワシティは、マサラタウンには無かったポケモンセンター、フレンドリーショップといった色んな建物がある。
中でも目立つのが他の建物より一際大きいトレーナーハウスとトキワジム。
初めて見るそれらは、改めて本当にポケモンの世界に来たんだなぁと実感させられる。
それはショックというより、興奮とか、そんな感情に近いかもしれない。こんな状況で不謹慎だと思いながらも、あっちの世界では小さな画面越しに見ていた世界に来た事に、少しだけ心が躍る。

「ぐ、グリーンさん、」
「何だよ?」
「あ、あの大きい建物、トキワジムですよね…?」
「ああ。まあ案内なら後でちゃんとしてやるから」

先にメシ行くぜ、とグリーンさんはポケモンセンターに向かって歩きだし、私もそれに着いてグリーンさんの後ろを歩く。
グリーンさんがポケモンセンターの自動ドアを潜り私も続いて潜ると、中にはポケモントレーナーだろうと思われる人たちで賑わっていた。
その人たちの腰に付いている赤と白の丸い球体が、私にはとても魅力的に見える。
あっちの世界にいた時はゲーム画面越しにしか見れなかったあの生き物が、この世界では見るだけでなく、触れることが出来るんだ。
そう思えば思うほど、「ポケモン」という生き物の存在に、何だか興味を惹かれていく。
…そういえば、レッドのピカチュウも破壊的に可愛かったな。グリーンさんのイーブイも。

「××、この席でいいよな」
「あっ、は、はい」

グリーンさんに席を案内されて、椅子に座る。
私にメニューを差し出したグリーンさんは、「決まったら先に頼んでいいぜ」と何処かへ歩いて行ってしまった。
しばらくしてグリーンさんが戻ってきてから、ああ私はまた思った事を顔に出していたんだなと気付くのはもう少し後の話。




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