どうして××がこの世界に居るのか、どうやってこの世界へ来たのか、それらを知る術は何処にもなくて。
分かっているのは、俺の目の前に居る彼女は紛れも無く俺が知っているあの××で、この世界に存在しないはずの彼女が、今この世界に存在しているという事。
レッドが俺の名前を呼んだ時に彼女の身体がピクリと動いたのは、俺の名前に反応したのか、レッドの声に反応したのか。
ほんの少しだけ驚きの色を宿したレッドは、次の瞬間にはもういつも通りのポーカーフェイス。そしてそれはそのまま崩される事なく、レッドは口を開いた。

「今からトキワに向かおうとしてたけど、手間が省けた」
「………は?」

レッドの言葉に、思わず間抜けな声を出してしまった。
どうしてトキワに向かうんだと首を傾げていたら、レッドがため息混じりに口を開く。

「…博士から聞いてない?」
「爺さんから?」

あー、と唸りながら頭をかいて、研究所にいた時の爺さんの話をふと思い返す。
そういえば、研究所から出る前に爺さんが俺の背中越しに何かを言っていたような。
その聞いていない部分が、レッドがトキワに向かおうとしていた理由ってところか。

「…聞いた、かもしれねえ。…途中まで」

あの時の俺は、爺さんの話をじっくりと聞いている余裕が全くなかった。
「俺が知っている××かもしれない奴がこの世界に居る」と聞いて、いてもたってもいられなかったんだ。
それは、今もだけど。
俺が知っている××だろうと思われる女は、後ろから見たその姿はあの××そのものだけど、顔が解らないから××かどうかという確信が持てない。
本当なら、無理矢理にでもこっちを向かせて、顔を見てやりたいところだ。

「…ジム、人手が足りないんだってね」
「…ああ、爺さんから聞いたんだなレッド」
「…うん。だから…」

レッドは言いかけて、××と思われる女をチラリ。そしてそれに、彼女の肩が揺れる。
一体何なんだという視線をレッドに向けていたら、レッドは彼女の肩を掴み彼女の身体をぐるりと回転させた。
すると俺の目に映ったのは、目を丸くしてなんとも間抜けな顔をしている、自分自身だ。彼女の少し潤んだ瞳越しに映った、俺自身の姿。
それは俺の目と彼女の目が、合ったという事。
ふわりと揺れた茶色がかった髪も、その顔も、それはやっぱり俺が知っている彼女で。
なんとも言えない脱力感に襲われながらも、俺は××から目が離せなかった。

「この子、よろしく」

ポンッと××の肩を叩きながらレッドがそう言えば、俺と××との距離が少し近付く。
だけどぶつかったままだった俺と少し潤んだ××の視線は、××によってふいっ、と逸らされてしまった。
逸らされてしまった事に少しだけ苛立ちのようなものを感じたのは事実だが、今はそれを気にしている場合じゃない。

つーか、レッド今なんて…?

「よろしくって、は?」
「ち…ちち、ちょっとちょっとレッド!」
「じゃあ俺戻るから」
「ちょっ、待て待て待てレッド!説明くらいしていけよ!」

俺と××の声に、踵を返し歩きだそうとしていたレッドの足がピタッと止まった。
そしてこっちを振り返ったレッドは、そんなに説明をするのが面倒なのか、ため息をひとつ零してから淡々と口を開く。
ペラペラと口を動かすレッドに、俺は圧倒された。
レッドがこんなにも長く喋っている姿を見たのは、これが初めてかもしれない。
つーかよく喋るレッドとか恐い。恐すぎる。
××の事以外にも聞きたい事は山ほどあったはずなのに、レッドに圧倒された俺は短い返事を返す事しか出来なかった。
全てを話し終えたレッドはモンスターボールを取り出し、リザードンを繰り出してその背中に跨がった。チラリ、と××に向けられるレッドの視線。
もう俺には用が無いと言わんばかりのレッドに少し腹が立つ。

「…××、またね、」
「え、れ、レッド、待っ」

××が言い終える前に、レッドを背中に乗せたリザードンはひらりと宙を舞う。
結局レッドは、最後まで一言も俺に声をかけなかったな。なんて奴だあのやろう。
なんか色々とありすぎて疲れた俺は、小さくなっていくリザードンを見つめながらとてつもなく長いため息を漏らす。
その長いため息に、××の身体がビクリと跳ねた。

「…ほんっとに、アイツとはいつ会っても疲れるな」

もう一度、わざとらしくふっと短めのため息をつけば、××はリザードンが飛んで行った方角を見つめながら、ビクリと身体を跳ねさせていた。
彼女がさっきからこっちを振り返らないのは、俺の方を見れないのかもしれない。
さっきも視線を思いっきり逸らされた訳で。
…まあ、二度と会う事はないだろうと俺も××も思ってたんだ。どんな顔をして会えばいいのかなんて、きっと俺も××も分かってない。それでも俺は、こんな時に不謹慎だと分かっていながら、彼女の姿をもう一度見る事が出来たことに少しだけ鼓動を早くさせて。
もう見慣れてしまった××のその後ろ姿に、ホッとしたような感覚を覚えてしまった。
もう二度と、彼女と会うつもりはなかった。
…というより、もう二度と彼女には会えないと思っていた。
だからこそ、見慣れてしまったその後ろ姿に鼓動を早くさせ、ホッとしてしまった。
少しでも嬉しく思ってしまった不謹慎な自分を、殴ってやりたくなった。
そんな事を思いながらもその不謹慎な気持ちは消えなくて、××の顔が見たくて少しずつ彼女に近付いても、××は俺に背中を向けたままで。
横から××の顔をひょいっと覗き込めば、俺が近付いていた事に気付いていなかったのか、××から聞こえたのはお世話にも可愛いとは言い難い悲鳴。
相変わらず可愛くない悲鳴だな、と思ったと同時に、それは自然と口に出していたようで。
頭をかきながら呆れを混ぜつつ苦笑すれば、少し潤んだ××の目は徐々に赤くなって。
それからお決まりのパターンのように、「これは鼻水です」と言った××に、俺はまたしても苦笑を漏らした。




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