こんな時、どうすればいい?
後ろを振り返れば、きっと会いたいと想った彼がいるはず。
私がひどく安心してしまったあの声が、本当に彼の声に間違いないのなら。
振り返るのは簡単。だけど、私が振り返った時、彼は一体どんな顔をしているだろう?
怒ってる?呆れてる?どちらにしろ、私には後ろを振り返る勇気が全く出てこない。
いずれは、彼に会う時がくるだろうと覚悟をしていたはずなのに。そんな覚悟は、残念ながら全然できてなかった。

「…グリーン、」

帽子を被り直しながらその名前を呼んだレッドは、その表情からは分かりにくいけど彼がココに居る事に、少し驚いてる様子だった。
…やっぱり、私の後ろに居る彼はグリーンさんなんだ。
レッドの言葉で彼なんだと分かっても、どうしても後ろを振り返る事はできなかった。
今グリーンさんはどんな顔をしてる?何を思ってる?
知りたいけど知りたくない。だけど、この言い表しようのない空気は、どうしようもない。
グリーンさんとレッドは黙ったまま、私は後ろを振り返らないまま沈黙が続いた。
そんな中、この言い表しようのない空気を突き破ったのは、意外にもレッドの声だった。

「今からトキワに向かおうとしてたけど、その手間が省けた」
「……は?」

もう聞き慣れてしまった声だからか、後ろを向いていてもグリーンさんの声色が驚きから出たような声だと分かった。
…あれ、でもどうしてグリーンさん驚いてるんだろう。
オーキド博士から私の話聞いてないのかな。
でも、オーキド博士と話をしたのはついさっきだから、グリーンさんに伝わってない可能性は十分にあるかも。

「…博士から聞いてない?」
「爺さんから?…あー…聞いた、かもしれねえ…途中まで」

罰が悪そうなグリーンさんの声が聞こえる。
オーキド博士から、どこまで私の話を聞いたんだろう。

「…ジム、人手が足りてないんだってね」
「…ああ、爺さんから聞いたんだなレッド」
「…うん。だから、」

レッドはちらりと私を見る。
うわ、なんか嫌な予感しかしないんだけど。
そう思ったのもつかの間、レッドは突然私の両肩を掴みぐるりと私の身体を回転させる。
リザードンに乗る時に腕を引っ張られた時から思ってたけど、レッドって顔に似合わず腕の力が地味に強いよね!
なんて、そんな余裕かましてる場合なのか?私は。
まさかレッドがそんな事をするなんて思いもしてなかったから(まあ嫌な予感しかしてなかったけど)、バッチリと!そりゃもうバッチリとグリーンさんと目が合った。

「この子、よろしく」

レッドに肩をポンッと軽く叩かれ、その衝動で少しだけグリーンさんと距離が近付く。

うええぇぇぇぇええ!ちょっと何してんのレッド!

何してくれてんの!

グリーンさんとぶつかったままの視線が気まずくて、私は思わずふいっと視線を逸らした。
忘れてたけど、私さっきまで泣いていたんだった。
グリーンさんに私の泣き顔を見られたのは、これで何回目になるんだろう。

「よろしくって、は?」
「ち…ちち、ちょっとちょっとレッド!」
「じゃあ、俺戻るから」
「ちょっ、待て待て待てレッド!説明くらいしていけよ!」

私とグリーンさんの声に、その場を去ろうとしたレッドの足がピタリと止まる。
説明するのが心底面倒なのか、レッドはとても早口になりその上ノンブレスでグリーンさんにオーキド博士に言われた事を説明した。
そんなレッドに圧倒されたのか、「そういう事だから、よろしく」と言ったレッドに、グリーンさんは「ああ、」という言葉しか出てこなかったようで。
レッドは何事も無かったかのようにモンスターボールを取り出し、リザードンを繰り出す。
え、ちょっとまさか。この人もしかして、もうシロガネ山に戻ろうとしているのか。
どうも私のその思考は正しかったようで、レッドはリザードンの背中に跨がり私を見る。

「…××、またね、」
「え、れ、レッド、待っ」

「待って」と言い終える前に、レッドを背中に乗せたリザードンは両翼をバサバサと羽ばたかせ、ひらりと宙を舞う。
咆哮を響かせながら宙を舞うリザードンの姿は、一瞬にしてあの山の方へと飛んでいき、あっという間に小さくなった。
自分がリザードンに乗って空を飛んでいた時はあんなにも恐ろしく長く感じたのに、本来はあんなにも早く飛んでいるのか。
改めて、ポケモントレーナーってすごい、と私は思った。

…さて、それはいいとしてこの状況をどうしてくれようか。

さっきは突然の事でグリーンさんと目が合ってしまって、気まずさから私は思わず視線をグリーンさんから逸らしてしまった訳だけど。
自分から逸らしておいて、さすがにもう一度グリーンさんと目を合わせる事はできない。
ああどうしよう。ぎゅっと両手で服を掴んでいたら、私の後ろに居るグリーンさんから長い長いため息が聞こえてきた。
そのため息に、思わずビクリと跳ねてしまう私の身体。

「…ほんっとに、アイツとはいつ会っても疲れるな」

そしてまた、グリーンさんから長いため息が聞こえる。
その度に、私の身体はビクリと跳ねてしまう。ああ、もう。どうしたらいいの?
私の頭の中はそればっかりで、もちろんグリーンさんの足音なんて聞こえてなくて。
いつまでそうしてんだよ?というグリーンさんの声がひどく近いと思ったら、グリーンさんは横からひょいっと私の顔を覗き込む。

「―うぎゃあ!!」

あまりの近さに、心臓が飛び出るかと思った。

「…相変わらず、可愛くねー悲鳴だな××」

呆れたように頭をかくグリーンさん。そんな彼の姿は、もう何回見たことだろう。
相変わらずの彼の姿は視界が歪んでしまって、そんな彼の姿はぼやけてよく見えなかった。


(彼に「これは鼻水です」と言ったのは、これで何回目?)




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