起きて早々、ナナミの言葉に俺は目を丸くした。

「今日レッドくんがお爺ちゃんの所に来てるそうよ。女の子連れですって。彼女かしらね?」

どんな子なのか見てみたいわ、と笑顔を浮かべるナナミをよそに、俺は少し苛立っていた。
ナナミにではない。レッドにだ。レッドがあの雪山に篭っているのを知ってから、俺は幾度となくシロガネ山に足を運んだ。
その殆どは、いい加減下山したらどうだというものだ。どれだけ足を運ぼうが説得しようが、レッドは俺の説得に応じるようなそぶりは見せなかった。
それなのに、それなのに下山したと思ったら爺さんの所ってなんだ。まずはライバルであり幼なじみでもある俺に土産のひとつでも持ってくるべきだろう。
いや、そんな事よりだ。なんだよ、女連れってどういうことだレッドのくせに。
「グリーンも会ってきたら?」というナナミの言葉は俺の耳に届いていなくて、気付いたら俺は研究所に向かって走り出していた。そうだ、ヤスタカ達に連絡を入れておくか。
今日はレッドのせいで、ジムは開けられないと。



研究所に入れば、見慣れた研究員が目に入る。
「グリーンくん、一足遅かったね」という研究員の言葉は、もうこの研究所にレッドは居ないという事を表していた。

「レッドは?自分ん家か?」
「うん。ちょっと顔見せてくるって。レッドくんのお母さん喜ぶだろうね」
「…だろうな。ところでさぁ…レッドの女見たか?」
「ああ、うん。可愛らしい感じの女の子だったよ。××ちゃん…って言ってたかな?」

研究員の口からサラリと出た「××」という名前に、俺は目を大きく見開く。
この世界に戻ってきてから出す事も聞く事もなかったその名前に、俺はひどく動揺した。

「…今、何つった?」
「可愛らしい感じの女の子」
「そのあと」
「××ちゃんって言ってたかなって…知ってる子かい?」
「…いや、俺が知ってる××とは…多分違うと思うけど」

ふるふると首を横に振る。
まさか、そんなはずは。違うに決まっている。あの××のはずがない。きっと彼女は今頃あっちの世界で、自分と過ごす前の日々を送っているはずだ。
××という同姓同名の女を、レッドが連れているだけだ。
…それは、一体何の為?
何の為にレッドは××という名前の女を連れて、この研究所へ足を運んだ?
いきなり女を連れて下山するなんて、意味が分からない。
だけど、レッドが下山した理由が××という女の為で、その女があの××だと言うのならいきなり下山をする理由も分かるような気がする。
そして、レッドが俺の所より先にこの研究所へ来た理由も。
…全てが、繋がってしまう。
まさか、そんな、だけど、もしかして、ぐるぐると思考を巡らせながら、研究所の奥へと続くドアを勢いよく開ける。
それに驚いたのか、爺さんは「グリーンか。何じゃ騒々しい」と目を丸くしながら言った。

「レッドが…」
「ん?ああ、レッドなら今」
「そうじゃなくて、レッドが連れてきた女!」
「…グリーン、××くんを知っておるのか?」
「分からねえよ。だからそいつの話を聞かせてほしいんだ」

爺さんは気難しい表情をしながら、「いいじゃろう」とレッドが連れていた××という名前の女の話をし始めた。



「…ここまでが、××くんから聞いた話じゃな」
「……、」

爺さんから聞かされた××という女の話にだんだんと力が抜けていき、俺は後ろの壁に身体をグッタリと預けた。
この目でその彼女を見て確かめるまではまだ分からないが、レッドが連れていた××が俺の知っている××だという確率は、ほぼ間違いないと言ってもいいのかもしれない。別の世界から来た事といい、この世界の事を多少知っている事といい、他にも俺が知っている××に当て嵌まる事だらけだ。
だがとりあえずは、自分の目で見て確かめなければ。
何とも言えない空気がこの部屋に流れたまま、「レッドんとこ行ってくる」と俺は爺さんに背を向け歩きだす。
背中越しに爺さんが何か言っていたような気がしたが、俺は足を止める事はなかった。
レッドの家に向かうその足取りは、少し重い。
レッドが連れていた彼女が、本当にあの××だったら?
俺はどんな顔で××に会えばいいんだろう。どんな気持ちで××に会えばいいんだろう。
レッドの家に近付けば近付くほど、手には汗を握り、どくんどくんと心拍数が上がってしまうのは緊張なのか何なのか。
言葉では言い表せられない、何とも言えないこの感情。
ゆっくりと足を進めたその先には、見慣れたレッドの家が視界に映る。
そのレッドの家の玄関前には、調度二人分の影があって。
向かい合って何かを話している男女の影。男の方は顔がこっちを向いていたから、それがレッドなんだとすぐに分かった。
女の方は後ろを向いていて、顔が分からない。だけど、少しだけ茶色がかった髪も、その髪の長さも、俺が知っている××にとてもよく似ている。
俺の姿に気付いたのか、ほんの少しだけ目を丸くさせたレッドと視線がぶつかった。

「…よう、レッド」

少し声が震えてしまったような気がしたけど、俺の声にレッドと向かい合っている彼女の肩がピクリと動く。

「…グリーン、」

帽子をかぶり直しながら俺の名前を呼んだレッドの声に、彼女の髪がふわりと揺れた。




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