ぽつぽつと話し出す××の話に、驚かない訳がなかった。
驚いているように見えないのは、自分の表情の変化が少ないからだと分かってはいるけれど。
おどけたように頭をかきながら「どうやら違う世界から来ちゃったみたいなんです」と言った××の顔と声は、その言葉とは対照的で不安の色が隠せていなかったように思う。
歯切れが悪い言葉に泳ぐ目は、その象徴だった。それでも俺がその話を信じた事にホッとしたのか、××は安堵のため息を漏らし彼女が纏っていた不安の色は少しだけ消えた。
最初は驚くばかりだった××の話は、よくよく考えてみれば信じられない事じゃない。
伝説、幻、神、そう呼ばれるポケモンたちが至る地方に散らばっているこの世界。
この世界と異世界を繋げる力を持ったポケモンがいたとしても、それは不思議な事じゃない。
それ以上に俺が驚いたのは、××の世界では俺達が住んでるこの世界がアニメやゲームの中に存在しているということ。
だから××はこの世界の仕組みや、ポケモンの事について少しは理解しているらしい。
だけどいくら少しは理解していると言っても、この世界に××の帰る場所がある訳ではない。彼女はこれから、この世界でどうするんだろう?

「…××は、どうするの」
「どうする、っていうのは…」
「これからのこと。」
「あ、あー…」

頭をかきながら苦笑いを浮かべた××のその表情は、徐々に徐々に歪んでいく。
泣いているように見えてもおかしくはない、××のその表情。無理に笑っているみたいだから、俺には余計そう見えるんだけど。…この状況で、泣かない方がおかしいか。
異世界から独りで来てしまった彼女には、家族はおろか、友人、知り合いさえこの世界にいない訳で。そんな××に「これからどうするのか」と聞いてしまった事に、少しだけ後悔した。どうするも何も、それを1番知りたいのは彼女の方なのに。
きっと××は、この世界に来てしまった事をまだ受け入れる事ができていないんだろう。
俺と××を包み込むその静寂が、それを表している。そんな彼女を何故か見ていられなくて、××、と彼女の名前を紡いでみれば、酷く不安の色を宿した××と視線がぶつかった。俺の肩に乗ったピカチュウも、××の様子が気になって気が気じゃないみたいだ。
初めて会った人間にも関わらず、ピカチュウがここまで××を気にするなんて珍しい。気にするどころか、××の膝に乗って彼女をどうにかして元気づかせようと必死だ。
…というのも、俺が彼女を何だか放っておけないと思っているからなのかもしれない。
遠い遠い世界から来てしまった彼女を一人ぼっちにしてはいけない、そんな気がする。

「…ありがとうピカチュウ。私は大丈夫だから」

××はか細い声でピカチュウにそう言ったけど、それはピカチュウに心配かけまいと出た言葉なんだろう。
××の言葉を素直に受け取ったピカチュウは「ちゃあ!」と元気に鳴いて、××は柔らかい笑みを浮かべながらピカチュウの頭を優しく撫でる。
××のその綻んだ笑みを見た時、何だか少しホッとした。
はっと何かに気付いた××は気まずそうな視線を俺にぶつけてきたけど、俺はそんなにも恐い顔をしているのだろうか。

そんなつもりは、全くないんだけども。



「レッドくん、××さんの様子はどう?」
「…身体は痛くないって」
「そう。そんなに長い間あの山にいた訳でもないみたいだから、体調はいいみたいね。良かったわ」
「…明日、××をマサラに連れていきたいんだけど」
「まだ安静にしてた方がいいんだけど…そうね、レッドくんがいるなら大丈夫ね」

気をつけてね、という言葉を背に、××とピカチュウが居る部屋に向かって歩きだした。
オーキド博士に話を聞ければ、どうやって××がこの世界に来たのか、他にも何か色々と解るかもしれないと思った次第だけど。そもそも、××は元の世界に帰りたがっているのだろうか?
…いや、そんな問題じゃない。
帰りたい帰りたくないという問題ではなく、××は帰らなければいけないんだ。
彼女は、この世界の人間ではないのだから。
ふっ、と短いため息をつきながらドアノブを握ろうとしたその時、ピカチュウと××の何やら楽しげな声が聞こえてきた。
ゆっくりとドアを開ければ、仲良く遊んでいる××とピカチュウの姿が目に映る。
はっとしたような表情を見せた××は急に大人しくなり、抱き抱えていたピカチュウを両手に抱え俺の前に差し出した。

「ご、ごめんなさい。ピカチュウ返します」
「…なんで?」
「え、いや、だって…」
「…もっと遊んでやって。ピカチュウが楽しそうだから」

それにそうする事で少しだけでも××の不安が拭えるのなら、その方がいい。
俺の言葉に反応して、ピカチュウが「ぴーか!」と鳴く。××は一瞬だけ目を丸くしたけど、次の瞬間にはピカチュウに向かってニコッと笑いかけた。

「明日、マサラタウンに行く。××も着いてきて」

ピカチュウと楽しそうに遊んでいた××の表情は、笑っていたものから驚いたような顔へと変わる。コロコロと表情が変わって、××は俺とは全く正反対だと思う。
ああそういえば、××のように表情がコロコロと変わるヤツが、俺の幼なじみにも一人いたかな。××はアイツとは違って、不思議と見ていて飽きないけど。

「…どうして、レッドさんは私に良くしてくれるんですか?」

××の問い掛けに「…面白そうだから?」と答えれば、××は怪訝な顔を見せる。
何故なのかは俺にもよく分からないけど、君に少しだけ興味を抱いたよ。
不思議とアイツの姿が見え隠れする君に。




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