「…なるほどね」

一通りレッドさんに私がこの世界に来た経緯を話すと、レッドさんは無表情のまま頷いた。
自分の家で眠っていたはずなのに気付いたらココにいたということ、こんな信憑性のカケラもない私の話をレッドさんはあっさりと信じてくれたみたいで。
そんな簡単に信じちゃってもいいの?と思ったけど、まあそこはよしとしよう。
初代のレッドさんは、500円のコイキングとか買っちゃう人だもんね。うん。(プレイヤーなら誰もが通る道だよね)
私の話を聞いてる時のレッドさんは相変わらず無表情で、もう少し表情の色が変化してもいいと思うんだ。
見た感じ、驚いてるような様子は全くない。

「お、驚かないんですか…?」
「驚いてるように見えない?」

ええ、全く。
と口から出そうになったが、思わず飲み込む。

「…××は、どうするの」
「どうする、っていうのは…」
「これからのこと。」
「あ、あー…」

…どうしよう。そんなの全く考えてなかった。
よくよく考えてみれば、本当にこれからどうするの、私。
この世界に私が住んでる家は無いし、もちろん家族や友人が居る訳でもない。
ポケモンも持ってなけりゃポケモントレーナーですらないし。
そもそも私は、どうしてこの世界に来たの?グリーンさんに会いに来たの?
大体会いに来たって言っても、いきなり来られたってグリーンさんだって困るよね。困るっていうか意味解らないよね。
元の世界に帰る方法も、それこそ帰れるのかどうかすら全く解らない訳で。
もし帰る事が出来なかったら、どうするの?この世界で生きていくの?家族も友人も居ないこの世界で、どうやって?
一気に色んな思考がぐるぐると廻りだした私の頭の中は、パンクしてもおかしくない状況にまできてる。
「××、」とレッドさんに声をかけられ、その声にはっと我に還った。
私と目が合ったレッドさんはほんの少しだけ目を丸くして、レッドさんの肩に乗ったピカチュウは私を見ながら「ぴーかぁ…」と不安げに鳴き、レッドさんの肩から私の膝へと乗り移る。
ちょこん、と私の膝に乗り私の顔を覗き込むピカチュウの瞳は心配の色を含んでいて、私を慰めてくれているかのようにぽんぽんと軽く私の膝を叩く。
このポケモンという生き物は、人間の感情が分かるのか。
すごいなぁポケモンって。なんてしみじみと思う半面、ピカチュウのその行動が嬉しいやら情けないやら。

「…ありがとうピカチュウ。私は大丈夫だから」

根拠のない「大丈夫」というその言葉に、ピカチュウは安心したのか「ちゃあ!」と元気に鳴いて顔を綻ばせた。
それにつられて、不安の色を滲ませていた私の顔も綻ぶ。
知らず知らずの内にピカチュウの頭に手を伸ばしていて、その黄色を優しく撫でればピカチュウは擽ったそうに鳴いた。
…あ、勝手にピカチュウ撫でちゃってレッドさん怒ってないかなぁ、とレッドさんを見れば、彼はじっと私とピカチュウを見つめていて。
「…少し待ってて、」とレッドさんは立ち上がり、ピカチュウと私を部屋に残してこの部屋から出ていってしまった。



「…こんな事ってホントにあるんだなぁ…」

ピカチュウと二人きりになった部屋で、ぽつりと呟く。
私のその独り言に、膝に乗ったピカチュウは「ちゃあ?」と首を傾げる。
いらぬ心配をかけぬように、私はピカチュウに何でもないよ、と苦笑を返した。
ああそういえば、レッドさんには私が居るべきはずの世界の事を多少話したけど、グリーンさんの事は話してないな。
話しておくべきだったかな、と思ったけど、あれはあれで本当に夢だったのかもしれないし。
もしかしたら、私の今の状況だって夢なのかもしれないし。
…なんかもう、色々ありすぎて私の思考はぐちゃぐちゃだ。
何が夢で、何が現実なのか解らない。なんて、感傷的に浸ってはいるけども、本当は夢と現実の区別くらいついてる。
…ただ、私はこの状況を認めたくないんだと思う。
確かに私は元の世界に居た時、安易にグリーンさんに会いたいと思ってしまった。
でもまさか、本当にこんな事になるなんて思ってもみなかった。知っている土地、街、人。だけども、私を知っている人はこの世界に居ない。

この世界に私の居場所はない。

そんな状況を、どうやって受け入れろというのか。
ふっ、と短いため息を零せばピカチュウが心配そうに見上げてくるから、私は苦笑を漏らしながらピカチュウの頭を撫でた。



「明日、マサラタウンに行く。××も着いてきて」

部屋に戻ってきて早々、レッドさんは私にそう言った。
マサラタウンって…あのマサラタウン?いや、そのマサラタウンしかないだろう。
「すぐに戻ってこれば問題ないって、ジョーイさんが言ってた」というのは、私の体調の事だろうきっと。

「わ、私も、ですか…?」
「博士に話を聞いてもらう。何か解るかもしれないから」

マサラタウンの博士っていうと、あの博士しか私は知らない。
ポケモン研究家であり、グリーンさんのお祖父さんでもある、オーキド博士。
あのオーキド博士に会える、それは感動としか言いようがないのだけど、どうしてレッドさんは見ず知らずの私にこんなに良くしてくれるんだろう。
聞けば、「面白そうだから?」とレッドさん。
「?」って何。私が聞いたんですけど。まあいいか。

「じゃあ、また明日」
「あ、は、はい」

帽子を被り直したレッドさんの肩にピカチュウが飛び乗り、私に向かって小さい手を振る。
膝に残ったピカチュウの温もりを何だか名残惜しく感じながら、私もピカチュウとレッドさんに手を振った。

この日の夜は、あまり眠れなかった。




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