不思議な夢を見た。
真っ白な世界の真ん中に、私はぽつんと一人で佇んでいた。
キョロキョロと首を動かし周りを見渡していたら、私が佇んでいる所から少し離れた場所にある扉が目に入った。
何を思ったか、私はその扉の方へと歩き出し、ドアノブに手をかけてゆっくりとそれを引く。
ゆっくりと開いた扉の隙間からは太陽のような光が漏れて、その光の眩しさに私は思わず両目をぎゅっと綴じる。
そして綴じた目をゆっくりと開ければ、開いた扉の隙間から、私に向かって差し延べられた一本の手が見えた。
誰の手なのか解らないのに、差し延べられた手を私は躊躇する事なく掴む。
掴んだその手の温もりが暖かくて、とても心地好くて。
私はその手を絶対に離したくない、そう思った。
あの手は、一体誰の手だったんだろう?



ゆっくりと目を開けると、真っ白な四角い天井が目に入る。
寝起きで回らない思考、思うように動かない重たい身体をゆっくりと起こして、欠伸をしながら背筋を思いっきり伸ばした。
私ってば、いつの間に眠ってしまったんだろう。
というか、今何時なんだろう。
もし今日仕事があるなら、こんな悠長にしている場合じゃないのだけど寝起きなら仕方ない。
そういえば、今日は目覚ましも鳴ってないような気がする。
いつも枕元に置いてある携帯を、手探りで探す。
が、携帯らしきものは何処にも見当たらない。
あれ、おかしいな。昨日どこに置いたんだろう?見当たらないのは、携帯だけじゃなくて目覚まし時計もだけど。
覚束ない思考をくるりと回転させていたら、だんだんと昨日の事を思い出してきた。
そうそう、昨日は仕事から帰って夕食を取らないで、そのまますぐ眠ってしまったんだった。
さっきから空腹感を感じていたのは、そのせいか。じゃあ携帯はバッグの中だろう、と部屋の中を見渡したその時、何とも言えない違和感に包まれた。
本当に寝起きが悪いんだ私って。だって今の今まで、自分が置かれている状況に全く気が付かなかったんだもの。
真っ白な天井に、四角い部屋。
それは私の部屋と同じなんだけど、この部屋に置いてある物や家具は明らかに私が使っている物じゃない。
目を丸くさせながら何度も何度もこの部屋を見渡してみるけど、その景色は全く変わらない。
こんな部屋、私は知らない。
ふと、独特な匂いが私の鼻を掠めた。消毒液のような匂い。
ここは病院なんだろうか?そう言われればベッドもシーツも真っ白で、置いてある物は清潔そうな物ばっかりだ。
でも事故に遭った覚えは無いし、病気になった覚えも全く無いのだけど。

「どーなってんの…?」

ぽつりと呟いた言葉は、私しか居ない静かなこの部屋に響き渡る。一体何がどうなっているのかと私のちっぽけな頭で考えていると、ガチャッというドアが開いた音が聞こえた。
その音に思わず身体を跳ねさせて、ついつい身体を身構える。
開いたドアへと視線を向けると、赤い帽子を少し深くかぶった男の子(だと思われる)が部屋に入ってきた。
…え、ちょっと待って。
この男の子、肩になんか黄色い物体が乗ってるんだけど。
ベッドの中で目を丸くさせたままその男の子と男の子の肩に乗っている黄色い物体を交互に見ていたら、男の子がゆっくりと口を開いた。

「…身体、痛くない?」

喉に何か詰まってるような、そんな感じがして声が出せなかった私は、彼の言葉にこくんこくん、と二回ほど頷いた。
「…そう」と息を吐くように呟いた彼は、ベッドの近くに置いてあった椅子に座る。
一体何者なんだろう、この赤い帽子の男の子は。
そんな疑問を抱えていると、彼の肩に乗っていた黄色い物体がベッドに飛び乗ってきた。
いきなりのその出来事に、私は「うわっ!」と大きめの声を出してしまった。
動いた。今動いたよ黄色いの。

「…ピカチュウ。」

男の子は黄色いそれをナチュラルにそう呼んだ。
はあ、ピカチュウですか。
それはそれはよく出来たぬいぐるみですこと、なんて、そんな冗談が通じないような気がするのは気のせいだろうか。

「ちゃーあ?」

首を傾げながら私の顔を覗き込む黄色いそれは、愛くるしいとしか言いようがないのだけど、動いている黄色を目にした私は身体をビクつかせる。
男の子にダメだよ、と動きを制された黄色は、耳だと思われる長い黄色いそれをしょんぼりとうなだれる様に垂らした。
繰り返される瞬き。でも、何回見ても動いている黄色。
ぬいぐるみ、ではないみたい。
赤い帽子の男の子。そしてその男の子と一緒にいる、ピカチュウと呼ばれた黄色。
頭に浮かび上がった方程式は、とても信じられないもので。

「…こ…ここは、どこ…?」

少し吃ってしまったけど、私の口は言葉を発する事が出来た。
頭に浮かび上がった信じられない方程式を、確かめない訳にはいかない。
恐る恐る問い掛けた私の言葉に、赤い帽子の彼はゆっくりと口を開いた。

「…シロガネ山の麓にある、ポケモンセンター」

浮かび上がった方程式に、シロガネ山とポケモンセンターが追加された。それは余計に混乱してしまうようなものではなく、この状況がどういった状況なのか理解出来てしまう方程式になってしまった。
シロガネ山、ポケモンセンター、ピカチュウ。
そして、私の目の前にいる赤い帽子を被った男の子。

「…あ、あなたの、名前は…」

私の頭の中にはもうすでに彼の名前が浮かんでいたけど、一応確認の為に聞いてみる。
帽子を被り直しながら「レッド」と名乗った彼の名前は、私の頭の中に浮かんでいた名前と見事に一致した。
信じられない、と首をふるふると横に振ったと同時に、私のお腹が空腹を訴えた。うわあ、今の絶対聞こえてるだろうな。
空気読めよ私のお腹。穴があったら今すぐにでも入りたい。

「…とりあえず、何かお腹に入れたら?」

無表情に見える顔を彼が赤い帽子で隠したのは、笑っているのを隠す為ではないと思いたい。




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