イーブイを抱き抱えながらその空間の割れ目に触れれば、俺とイーブイの身体はやんわりとした光に包まれて。
ふと××を見れば手を振りながら僅かに口を動かしていたけど、俺には××が何て言っていたのか聞こえない。
聞こえなくても、××の口が何を伝えようとしていたのか、俺には分かった。
俺の目に映った××は、あの時見た不思議な夢の中の××と同じで、泣き出しそうな顔をしながら俺に手を振ったから。
それに驚いたのは、今俺の目に映った光景とあの不思議な夢の光景が、同じだったから。
ただ、それだけで。



「―戻って、来たか…?」

裂けていた空間を通って××がいた世界へ来たのだろうイーブイは、しっかりと俺の腕の中におさまっていて。
周りを見渡せばカサカサと揺れる草村。この道は俺があっちの世界に行く前に、裂けていた空間があったその場所で。
耳に響くのは、久しぶりだなと言わんばかりに鳴くホーホー達の鳴き声。

「…戻って、来たんだな」

それは、安堵した、と言ってもいいのだろうか。
この世界に帰ることを待ち望んでいたはずなのに、決して晴れやかな気分ではない。
結局俺があっちの世界へ行ったのは何の為だったのか、何の仕業だったのか、それはただの偶然だったのかもしれないが、何もかもが分からないままで少し腑に落ちない。
何の仕業だったのかというそれは、大体予想がつくけど。
この世界には神だとか伝説だとか、そう呼ばれるポケモンが至る地方に散らばっているんだ。
伝説レベルのポケモンの力が働いた。そう思えば、この世界とは違う世界に飛ばされたとしても、そう不思議な事じゃない。と、思う。
ふぅっ、と少し長いため息をつきイーブイを抱き抱えたままその場に座り込めば、心配そうな顔をしたイーブイが俺の顔を覗き込む。
そんなイーブイに大丈夫だ、と頭を撫でてやれば、気持ち良さそうに目を細めるイーブイ。
ふと、星たちが散らばっている夜空を見上げれば、何故か××の泣き出しそうな顔がチラついた。××のヤツ、ぜってーあの後泣いてんだろうな。
そんな××の姿が安易に想像できて、それに苦笑すると同時に、何故か胸が痛むような錯覚に陥る。
…これで、良かったのか?
いや良かったも何も、俺はあっちの世界の住人ではないのだから、こうなる事は最初から目に見えて分かっていた訳で。
分かっていたはずなのに、さっきから××の泣き出しそうな顔が頭の中にちらついて、胸がチクリと痛むのは。
自分で思っていた以上に、××の存在が俺の中で大きくなっていたということ。
何とも思ってないなら、きっと俺の胸はチクリとも痛まない。
だがどんなに胸を痛めようが、泣いてる××を慰める事も、彼女に会う事も叶わない。
いくら考えても悩んでも、それはどうしようもない事で。
ふとイーブイを見れば、イーブイが球のような物を転がしながら遊んでいる姿が目に入った。
…呑気なヤツめ。
イーブイが転がしている球のような物は、赤と白が半分ずつといった仕様で、例えるならそれはまるでモンスターボールのような球で…つーかモンスターボールだな。
そういえば俺の手持ちはどうなってんだ?と手探りでそれを探してみるも、見つからない。
あっちの世界に行くまでは確かに持っていたはずだけど、あっちの世界に着いた時にはもう無かった。
それは、この場所にあいつらを落としてしまったのか、それともあっちの世界には存在しない生き物だったから、あっちの世界にたどり着いたことで存在を消されてしまったのか。
あっちの世界で生活していたのは、約一ヶ月弱。
もしこの場所であいつらを落としてしまったのだとしたら、一ヶ月弱この場所にあいつらを放置してたっつー訳で。
…餓死、してるかも。

「…おいおいおい、ポケモントレーナーがポケモンを餓死させるって…そりゃねーぜ」

自分で自分にツッコミを入れるのは、初めての試みだ。
ふと、イーブイが転がして遊んでいるモンスターボールが目に入る。
…もしかしてこれ、俺の手持ちなんじゃないか?
一ヶ月弱も放置してたらさすがに生きていないかもしれない、と躊躇するが、確認しない訳にもいかない。
イーブイが転がしていたモンスターボールを取り上げてみれば、手の中でカタカタと揺れた。
それは中にいるポケモンが生きているという事実で、それにホッと胸を撫で下ろした俺はモンスターボールを投げる。
中から姿を現したそれは、

「…お、ピジョットじゃん」

ピジョットはどうして呼び出されたのか分からないのか、不思議そうに首を傾げながら俺を見る。…腹は減ってなさそうだ。
つーか、この場所であの裂けた空間を見つけた時から、あまり時間が経ってないような…?
まだ首を傾げるピジョットを、悪い、とボールに戻して、ふと足元を見渡せば何個か転がっているモンスターボール。
それを全て拾い上げてイーブイを抱き抱え、俺はマサラタウンに向かって走り出した。



「あら、グリーンおかえり」

マサラタウンにある家に戻れば、何ら変わった様子もなく俺を出迎えたナナミ。
ナナミのその表情は俺が想像していたものとは違い至って普通で、怒るでも驚くでもなく。
ジムから帰ってきた俺を、いつものように出迎える顔だった。
それに驚いたのは、言うまでもなく俺の方で。
腹を空かせてないピジョットといい、俺を出迎えたナナミといい、あっちの世界に行く前と何ら変わった様子はない。
俺は一ヶ月弱という時間をあっちの世界で××と過ごしたというのに、この世界では同じように時間が流れてない。
あれは、夢だったとでも言うのだろうか?というそれも、ナナミの「グリーン、珍しい服着てるわね」という言葉によって消し飛んだ。俺が今着てる服は、あっちの世界で××が選んで買ってきた服だ。
あっちの世界で過ごした時間が夢ではなかったという事に、俺はホッと胸を撫で下ろした。


(…チラつくのは、彼女のことばかりで)




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