開きかけてしまった蓋はどうすればいい?答は簡単。
もう一度その蓋を閉めてしまえばいい。今度は二度と開かないように、蓋の上に重い錘を乗せて。この感情を彼に悟られてしまったらいけない。彼にそれを悟られてしまうのは、怖い。
だから、蓋をするんだ。
もう一度深く深く、自分に言い聞かせる。
彼はこの世界に在るべき存在ではない。いつかきっと、彼が元の世界に帰る日がやってくる。私の前から消えてしまう日が。
その時は笑って、「よかったね」と言って彼を見送るんだ。
その時が来るまでに、鏡の前で笑う練習をしなくては。



「…買っちゃった。またグリーンさんに呆れられるかなー」

もうクリスマス(イヴ)本番だということで、私の手にはホールのチョコレートケーキが入った箱がぶら下がっている。
ケーキなんて買うつもりじゃなかったんだけど、仕事からの帰り道でふと目に止まったケーキ屋さんでつい買ってしまった。
お店の中には可愛らしいデコレーションがしてあるケーキがいくつかあって、それを見ていたら食べたくなってしまうのは自然の流れであって。
クリスマス用のケーキはさすがに予約しないとムリだろうと思っていたんだけど、チョコレートの方は予約無しでも大丈夫ですよ、という店員さんのその言葉に負けた結果がこれだ。
わざわざクリスマス用にしなくても良かったんだけど、予約無しでも大丈夫と言われたら買えって言われてるような気がするし、せっかくのクリスマスなんだからそれっぽい雰囲気を少しくらい味わいたいと思った。
グリーンさんの呆れたような表情が、目に浮かぶ。
でもそんな表情を見せながらも、彼は優しい人だから食べてくれると思うけど。
クリスマス一色の街中を通って自分の家に向かって歩いていけば、電飾もなにもない見慣れた家が見えてくる。周りの家は電飾だらけだけど。
家の鍵を開けてドアを引くと、夕食のいい香が鼻を掠めたと同時に、「おかえり」という聞き慣れた声。ふと、この言葉はいつまで聞けることが出来るんだろうと思った。

「なぁ、おまえが持ってるそれケーキとか言うなよ?」
「気が早いですよグリーンさんってば!これを食べるのは食後ですからね!」
「やっぱケーキなのか」

どうせホールなんだろ、とグリーンさんは苦笑を交えながら呆れたように言った。予想通り過ぎるグリーンさんの反応に、思わず笑いそうになってしまったのは言うまでもない。



「はぁ、美味しかったー!」
「××そればっかだよな」
「だって本当のことですから」
「…あ、そ」

あ、グリーンさん照れてる。
最近気付いたんだけど、グリーンさんは照れたりした時少し素っ気ない態度をしながら頭をかくんだよね。
男の人からしたらきっといい気分じゃないんだろうけど、可愛らしいなぁとか思ってしまいましたごめんなさい。
夕食の食器を片付けてからじゃあ早速、と冷蔵庫からケーキを取り出していたら、もう食うのかよ、とグリーンさん。
箱からケーキを取り出すと、チョコクリームたっぷりのケーキの上に、可愛らしいサンタさんが乗っていた。

「サンタが乗ってます」
「乗ってんな」
「じゃあこのサンタはじゃんけんで勝った人のものです!」
「俺はいらねーよ。××にくれてやる」
「じ ゃ ん け ん !」
「だーっもう!わーったよ!」
「じゃあいきますよ?じゃーんけーん…」

ぽいっという掛け声と共に私とグリーンさんが出した手は、チョキとグー。
その瞬間、グリーンさんから「マジかよ」とうなだれたような声が聞こえてきた。



目の前には半月のような形をしたケーキと、砂糖でできたサンタをガリガリという音をたてながら口に運ぶグリーンさん。
なんかもう、やけくそって感じでサンタさんを食べてる。
グリーンさんの口からサンタさんの頭から下の体部分が出ているそのシュールな光景に、吹き出しそうになってしまった。
なんだかんだと言いながら、ちゃんとサンタさんもケーキも食べてくれているグリーンさんは、やっぱり優しい人だ。

「なぁ××、」
「なんですか?」
「来年のクリスマスケーキは俺が選ぶからな」

毎回ホールで買ってこられちゃたまんねーだろ、とグリーンさんは苦笑を漏らし、ケーキを口に運びながら言った。
ああ、どうしよう。
それだけで、彼のそんなたった一言で、どうしようもないくらいの嬉しさを感じている自分がいるのが分かった。
彼の口から放たれた「来年」というその言葉に。
グリーンさんの中で、「来年」のクリスマスにも私の存在が入れられていることが、嬉しかった。そうですね、ときっと緩んでしまっているだろう口元を隠すように俯きながらその場を流したら、玄関の方からガリッという物音が聞こえてきた。

「…今、何か聞こえました?」
「ああ。誰か来た…わけねーよな。こんな時間に」

もうすぐ日付が変わろうとしている時間帯だ。
私とグリーンさんは視線を合わせて、玄関の方に聞き耳を立てる。ガリガリッという音は止むことはなく、時間が経てば経つほど激しくなっていった。
私の不安そうな瞳に気付いたのか、グリーンさんはちょっと見てくる、と玄関の方へと静かに歩きだす。
ギッという玄関のドアが開いた音と、グリーンさんの驚いたような声が聞こえてきたのは、ほとんど同時だった。

(聖なる夜だもの。どんな奇跡が起こっても不思議じゃない)




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