「今日はグリーンさんお出かけですか?」
「おう。ちょっと外ぶらついてくっかなー」
「あ、じゃあ帰りに大根とちくわとはんぺんお願いします」
「今日はおでんか」
「最近ホントに寒くなってきましたからねー」

確かにな、と頷きながらグリーンさんはジャケットを羽織り、マフラーを首に巻いた。
そのマフラーは、絶対にジャケットだけじゃ今後外出するのが困難だろうと思い、私が買ってきたもの。ついでにちょこっとだけだけど、男物の冬服も買った。それはもうどんな服がいいか悩みに悩んだけど、イケメンって得だよね。何でも似合っちゃうんだから。
羨ましいったらありゃしない。

「グリーンさん、大根とちくわとはんぺんですからね!」
「…どっかの誰かさんじゃあるまいし、忘れねーよ」
「それ、誰のことですか?」
「おまえしかいねーだろ」

呆れたようにため息をつきながら、んじゃ行ってくる、とグリーンさんは玄関に向かい、私はその背中を見送る。
ドアは静かにパタン、と閉められ、グリーンさんが出ていったこの家の中は、急に静寂に包まれた。そういえばグリーンさんが来てから、こうした1人の時間って、仕事の時以外過ごした事ないかも。
グリーンさんが来る前は、今日みたいな仕事が休みの日は、当たり前のように1人で過ごしていたはずなんだけど、どうやって過ごしてたんだっけ?

「…掃除と、洗濯だ」

そうそう、それそれ。とやり始めようとしたのはいいけれど、洗濯カゴの中は綺麗さっぱりとしていて空っぽだ。
これは、グリーンさんの仕業だと思われる。そういえばついさっき、グリーンさんが洗濯物を干していた姿を目にしたことを思い出す。思えばグリーンさんがココに来てから、家事全般はグリーンさんの役目になってて、私はここ最近仕事しかしていない気がする。
それって、家主としてどうよ。
ふと周りを見渡せば、とても綺麗に片付いた部屋の中。最初の頃グリーンさんに、「よくここまで散らかせられるよな」とか言われたっけ。
部屋は綺麗だし、洗濯カゴは空っぽだし、特にやる事もない私はテレビの電源を入れた。



「ふあぁっ…」

サスペンスドラマのエンディングが流れだした頃、やる気のない声と一緒に私の口から欠伸が漏れた。別に、見ていたサスペンスドラマがつまらなかった訳じゃない。それはもう、誰が犯人なのか、どうしてそうなったのか、ハラハラとしながら見ていたのだけど。
少し前の私なら、こうして1人でテレビを見るなんて事は当たり前の事で、それこそこうした時間を利用して、仕事で疲れている身体を思う存分休めていたのだけど。それが当たり前の事のはずなのに、何かが物足りなく感じるのは。
ふと携帯を開き画面を見れば、おやつの時間と言われる数字をさしていた。グリーンさんがいてくれればホットケーキを焼いてくれたりするのだけど、今はそれも叶わない。
自分で何か作ろうか、おやつ的な何かが冷蔵庫に無いか探そうか、そんな思考は「めんどくさい」と、ぱったり停止させる。
私って、こんなにめんどくさがり屋だったかな?
いや少し前の私なら、そんなことはなかったはず。グリーンさんがココに来てから、少しだけ生活のリズムが狂ってしまったんだ。何も言わないでいつの間にか動いてくれている、グリーンさんのせい。
悶々と考えている間に、私の目蓋は仲良くしたいよう、と必死に閉じようとする。
あれ、おかしいよ。
私はソファーじゃ、寝られないはずなのに。どうしてこんなにも仲良くしたがっているんだろう、私の目蓋は。きっと私の頭の中では、今蛍の光が流れていることだろう。
本日の営業は終了致しました、みたいな。
なんて、そんな思考は、知らぬ間にプツンと途切れた。



行き先は分からないけど、何処かに向かって必死に走っている自分の姿が見えた。
なんだ、これ?ああ、夢か。
だってこんなに必死に走っているのに身体は全く疲れていないし、まるで第三者側から自分の姿を見ているんだもの。
何処に向かって、何に向かって走っているんだろう、この夢の中の私は。
なんて、他人事かのように自分が走っている姿を眺めていた。まあ、夢の中だし。
走り続けていた私の足が、止まった。そして、キョロキョロと自分の周りを見渡す私。
すると少し先の方に、最近見慣れたはずの背中があった。あれ、もしかしなくてもグリーンさんじゃないか。
グリーンさんの夢を見るとか、どんだけ、と実際の私は恥ずかしいことこの上ないのに、夢の中の私は一目散にその背中に向かってまた走りだす。
え、ちょっと、なんで?夢の中の私は、どうしてこんなにも必死になって、グリーンさんの背中を追いかけてるの?
何が何だかよく分からないまま、夢の中の私はグリーンさんの背中に追い付いた。
グリーンさんの服をきゅっと掴んだら、それに振り返るグリーンさん。ああ、この人は夢の中でもやっぱりイケメンなんだな、と少し見当違いな思考を巡らせていると、夢の中のグリーンさんが困ったように笑いながらゆっくりと口を動かした。

『      』

グリーンさんが何を言ったのか私には聞こえなかった、けど、夢の中の私には聞こえていたみたいで、それを聞いた私はひどく驚いた様子を見せていた。
…なんとなく、分かった。
グリーンさんが夢の中の私に向かって、何と言ったのか。
きっとこの時のグリーンさんの口は、『じゃあな、』と動いてたんじゃないだろうか。




はっ、として目を覚ました時、何という図々しい夢を見てしまったんだ、という何とも言えない恥ずかしさに襲われた。
ふと周りを見渡せば、いつの間にやら日が沈んでいて、辺りは真っ暗だ。携帯の時間を見れば、もう夜の7時に近い。
こんな時間まで眠っていたのかと同時に、グリーンさんの姿が見えないことに気付く。
まだ帰って来てないんだろう、という可能性も、時間的にあり得ない。だって私は、グリーンさんに夕飯のお使いを頼んだはずだから。それならもう、帰って来ていてもいい時間帯のはずなのに。なんだなんだ、さっき見ていた夢は予知夢だったのか、なんて思考は、あながち間違いではないのかもしれない。
こんな時私は、どんな気持ちでいればいいんだろう。

(…夢の中の私は、きっと最初から彼を探していたんだろう)




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