長屋へ行くと、文次郎が眠っていた。
床いっぱいに大の字に寝転がるその右手は仙蔵の文机の方までのびていて、とってもとっても邪魔なのだが、そこにいつもとは違って鋼鉄のそろばんが居座っていないことはひどく仙蔵の心を穏やかにした。鍛練つきのうるさい寝言が無いからではなく、ただただ眠りこける姿が馬鹿らしくて愛しくて。
どうせまた徹夜明けなのだろう身体を休めてほしいのは嘘ではない。が、仙蔵は一度おもちゃを見つけるととことん遊ばなければ気が済まない質なのを自分自身で分かっている。
跪いて、よだれでも垂らしかねない無防備すぎる顔に自分の顔を近付けて。
未だに開かない目蓋(何が学園一ギンギンに忍者してる、だ。無防備にも程がある)に唇を寄せた。

「うぐぅ…」

ああ、なんて可愛くない呻き声! と言うか仮にも恋人からの口付けに対して呻き声をあげるとは何事だ。
仙蔵は口を尖らせて、さらされている額をベシッと叩いた。文次郎はまた呻く。そして眉間に深くしわが刻まれて。
しかしそれでも目を覚まさないのは自分が許されているからだと自惚れて良いだろうか。仙蔵は今度はにやりと口角を持ち上げる。

「文次郎」

寝返りとともに文机から離れようとした右手を掴まえて、小指から順に舌を這わせる。
いつもなら微かに鉄か土のにおいがするのに、今日はそれが無い。そのことも仙蔵の気分を浮き上がらせた。
五本の指を唾液で以て染め上げて、仙蔵は満足げにうっそりと笑った。

「くれぐれも、私以外の奴の前でこんな無防備にしてくれるなよ」

目の下にクマの無い文次郎は自分だけが知っていればいい。
それは稚拙な独占欲と言うよりは、自分しか知らないという事実への尚更幼い優越感。文次郎そのものと密やかな事実は仙蔵という人間を形成するにあたって、無くてはならないものである。それをしっかり自覚している程度には、仙蔵は潮江文次郎という人間に溺れている。
少しだけ自嘲気味に鼻を鳴らして。
最後に乾いて荒れた唇に接吻すると、もうずっと前から目を覚ましていた恋人の腕を枕に、仙蔵の薄い目蓋は下ろされた。


これは命令である。


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ののこ様へ!
75000打キリリクの「仙文で文次郎に執着する仙蔵」です。
リクエストありがとうございました!

リクエスト頂いてからかなり日が経ってしまい、申し訳ありません…!
しかも文次郎しゃべってなくてすみません(´・ω・`)
気に入っていただけたら幸いです!

改めて、リクエストありがとうございました^J^


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