青益ショートショート | ナノ

相合傘

「傘を一本しか持っていなかったんだろう?玄関の傘立てからをどれでも好きなのを持って行きたまえ」
「なぜ一本しか持っていないと思ったんだ、京極堂?」

青木と益田が礼をして帰ろうとする後ろ姿にそう声をかけた中禅寺の言葉を不思議に思って、関口は干菓子を食べる手をとめて聞いた。骨壺のような壺に入った干菓子は確かに湿気ず美味しい。

「見ればすぐに分かるだろう、関口くん。二人とも不自然なまでに片方の肩だけ濡れていたじゃないか。一本を二人でさしてきたんだろうよ」
「あぁ、なるほどな」

納得して干菓子をかじるのを再開すると、中禅寺の声で益田が縁側から戻ってきた。その表情は妙に明るい。

「ありがとうございます、中禅寺さん。でも大丈夫です」

そう言う益田の横で青木が苦笑している。

「なんだ。遠慮なんかすることないんだぜ、益田くん」
「おい、関口くん。なぜ家主じゃない君が言うんだ。益田くん、この関口先生の傘を借りていきたまえ。靴箱にかけてある深緑のやつだ。遠慮などしなくて良いそうだから」
「嫌味はよしてくれよ」

また中禅寺に言葉尻を捕らえられて、からかわれてしまう。それを見たからか、なんなのか益田がさらに笑う。

「いえいえ、本当にお借りしなくても大丈夫なんです。だって、僕達ちゃんと傘を一本ずつ持ってきましたから」
「あ、中禅寺。珍しく君の推測が外れたな」

一矢報いた気分になって関口も笑っていると、「いえ、中禅寺さんの推測は正しいんですよ、関口さん」と青木が困ったような顔をして言った。

「なんだ、どういうことなんだ?」

話が掴めず中禅寺の方を見ると、げんなりした顔をしている。

「おい中禅寺、どういう意味なんだ?さっぱり分からない」
「…分かるだろ。要するにこの二人は傘を二本持っていたけれど、わざわざ一本は畳んだまま一本だけさしてやってきた、ということさ」

中禅寺が読んでいた本を机に放り出して言った。

「はぁ?なんでそんなことを?」

放り出された本も気になった。今まで本を読む気を失った中禅寺など見たことがない。

「目眩坂なら人通りも少ないし大丈夫だと思ったんですけど、結局関口さんにまでバレちゃいましたね、青木さん」
「まったく、君の話に乗ると、ろくなことがないよ」
「青木さんだって楽しそうだったじゃないですか」
「まぁ確かに、それなりには楽しかったよ」
「ほら、やっぱり」

青木と益田が顔を見合わせて笑っている。

―――わけが分からない。

「なぁ中禅寺、なんで男二人で一つの傘をさして、あんなに楽しそうなんだ?新しい遊びでもあるのか?」
「…僕が知る訳ないだろ。あの二人に直接聞けよ」

中禅寺が自棄になったような口調で言うので、関口は二人が話すのをじっくりと眺めてはみたが。

「帰りはどうします?」
「雨脚が強くなってきたから普通に帰ろう。これ以上濡れて風邪でも引いたら大変だ」

至って普通の会話に思える。

「なぁ、青木くん。君達はなんでそんなに傘をさしただけで楽しそうなんだ?」
「僕も不思議です。本当に何が楽しかったんでしょうね」

青木に問いかけてはみたが、笑ってはぐらかされてしまった。

「あ、関口さんにはバレてないみたいですよ、青木さん」
「そういう不用意な発言から不信感を抱かれてバレるんだよ。別に君の好きにすれば良いけどさ」

青木にたしなめられた益田が目をぱちくりとさせたあと、面白いことを発見したと言わんばかりの喜色満面の笑みを浮かべた。

「好きにしちゃって良いんですか?」
「また都合の良いところしか聞かないな、君は。どんな耳をしてるんだ」

青木がいかにも呆れた風に首を傾げて見せたが結局堪えきれぬように笑ったのち、真面目な顔をして関口達の方へと向き直る。

「お二人とも気を遣っていただいてありがとうございました。中禅寺さん、すみません。お邪魔しました」

丁寧に礼をして何故か中禅寺にだけ謝る青木に、中禅寺が「今度からは余所でやってくれよ」と苦笑して返す。


どうやら自分だけを置いて何か隠し事があるらしい。少しつまらなくなって、関口は近くにいた猫へと手を伸ばす。普段ならするりと逃げてしまう柘榴が何故か今日は膝へと乗ってきてくれて嬉しくなった。








=====

柘榴ちゃんは、普段は人を構いもしない猫様だけど、ちょっと慰めてほしいなって時には「ほら、一緒にいてやんよ。だからさっさと元気だせ」みたいに近寄ってきてくれる、素敵な猫様だといいな。

という話。





[ 5/37 ]

[*prev] [next#]
[戻る]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -