新聞
その日、買い物から帰って薔薇十字探偵社のドアを開けた安和寅吉を待っていたのは絶句するような光景だった。
一人がけのソファに青木と益田が二人で座って新聞を広げている。
より正確に述べるならば、青木の膝に益田が座って、青木が広げる新聞を二人で見ていた。
「お帰りなさい、和寅さん」
「お邪魔してます」
二人はその状態のまま挨拶を寄越してくるだけで慌てて離れる様子もない。
「な、なにやってるんですかい、青木さん」
探偵助手に聞いても意味不明な答えが返ってくるに違いないと決めつけて現職刑事の方に聞くと「新聞をお借りして読んでいたんです。すみません」とにこやかに返された。
質問の答えになっていない。新聞を読んでいたことなど見れば分かる。
「いや…、私が聞きたいのはなんで二人で…」
「あぁ、はいはい。そういうことですか」
さすがに毎日顔をつきあわせているからか、益田の方が反応が早かった。
「だって僕もまだ新聞読んでませんでしたから。一緒に読んじゃえば良いかなと思いまして」
だから。膝に座ってる意味が…。
疑問は全く解決されなかったが、もう聞くのも面倒になってきたし、冷蔵庫に早急に入れたい具材もあったので、二人は放置して台所に向かった。
新聞を読むのを再開した二人の声が聞こえてくる。
「あっ。青木さん、めくるの早いですって!」
「いつまでその記事読んでるんだよ」
「あと10秒ください!」
「本当に10秒だけだからね。いーち、にー、さーん…」
「もぉー、子供染みたことしないでくださいよ」
「言っとくけど、今君が無駄口を叩いている間にも残り時間は失われているからね。残念だ」
「えぇっ!すいません、待ってください」
「もう駄目だよ。次行こう、次」
「あぁ〜!」
パラリと新聞をめくる音がする。
―――どうかしている。
あとから聞けば、互いに友人だと疑いもしなかった頃のことだというのだから呆れるしかない。
付き合っているという今の方が幾分離れて新聞を読んでいるのが可笑しかった。
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