青益ショートショート | ナノ

(1)

事務所を目指して神保町を歩いていると見慣れた二人に出会った。

「あー、青木さん!聞いてくださいよ!和寅さんってば、荷物持ちますよって僕が言った途端に予備の醤油やら砂糖やらをどさどさ買い始めたんですよ、信じられます!?」

「その代わり、君が煮魚が食いたいというから魚を買ったろ。ぶつくさ言うんじゃないよ、まったく」

「あ。確かにそれは、ありがとうございます」

「米を買ったって良かったんだよ」

「もう持てませんって!無理です、無理無理!生意気言ってすいませんでした!」

袋をたくさんかけた手を持ち上げ、おどけた調子で謝る益田に安和が笑う。

そうして二人でまた話し続けてしまった。急に昨日訪れた榎木津の従兄弟がどうだこうだと、楽しそうだ。


正直少し、いや、かなり面白くない。

青木も益田も料理はしないから、共に食材の買い物などしたことがない。これまでそのことを気にしたことはなかった。というより意識したことがない。

だが、今こうして目の当たりにしてみると、今日は何を食べようかと言いながら共に食材を買う行為は、ひどく親愛なものに見えた。家庭の匂いがするというのか、上手く表現できないが。

よくよく考えてみれば、安和と益田は事務所に居る間ずっと一緒の空間にいるのだ。青木よりも何倍もの時間を一緒に過ごしている。

自分が誰よりも一番益田と親密であるというのは自惚れに過ぎないのだろうか。

益田は鳥口にはあっさり悩みを話していたりすることもあるし。恋人だというのに、こっちはそれを間接的に聞くことになるのだ。普段はどんな形であれ悩みを知れたら別にいいか位にしか思わないが、なんだか今日は普段は気にならないようなことまで面白くなく感じる。


「…ちょっと貸しなよ」

二人の会話を断ち切るきっかけになればという思いも含めて益田の持つ荷物を手から奪う。

「え?青木さん?」

「事務所まで一緒に行くよ。どうせ君に会いに行くところだったし」

そう言うと益田が綻ぶようにふわりと笑った。

きっとこの笑顔を見られるのは自分だけだと思うと、まぁ、いいかと思えた。

単純なものだと呆れてしまう。


それからずっと、事務所の階段を昇る間も益田は青木に話し続けていて、こちらも調子を取り戻せてきた。二階から三階の事務所までの間の、最後の踊り場で立ち止まる。

「安和くん、少し先に行ってもらっても構いませんか?すぐに行きますから」

苦笑を寄越した安和が、階段を昇って扉に入っていく音を聞くまで、手すりに凭れて黙った。

「どうしたんですか、青木さん?疲れちゃいました?」

心配そうな顔をする益田に笑ってみせる。

「ちょっと…嫉妬しただけだよ」
「はい?」
「君と安和くんにさ」
「えっと、青木さんも煮魚食べたいとかそういうことですか?」

どれだけ鈍いんだ。どんな思考回路をしているのか、時折本気で頭を覗きたくなる。

細かく説明するのも気恥ずかしいし、馬鹿馬鹿しいので、荷物を一度下に置いて近寄った。

すると、とりあえず何が起こるかは察知したらしい益田が、慌てた様子で卵の入った袋を抱き抱えるのを無視し、そのまま壁に押し付けて口付けた。


事務所に誰か上がってくるかもなんてことは考えずに、ただひたすら唇を貪る。そうしてやっと離した益田の唇から放たれた第一声は間抜けなもので。


「卵が割れてたら和寅さんに一緒に謝ってくださいよ…?連帯責任でしょう、これは」
「うん、そうだね」

可笑しくなって、笑ってしまう。卵と僕のどっちが大事なんだ、とさらに間抜けな言葉が思考を掠めて、さらに可笑しくなった。こんな自分は知らない。今までは知らなかった。

「あのさ。君が考えてる以上に、僕は君のことが好きだと思うよ、多分」
「なっ、なんですか。いきなり」

思考をそのまま口に出すと、益田が狼狽えながら頬を一気に赤く染める。青木はその顔に満足して離れ、自分が床に置いた荷物を手に取った。

「ほら、荷物を貸して。特に卵。君はゆっくりおいで、顔が真っ赤だよ」

恨めしげな目をして未だ赤い顔で見上げてくる益田の抱える卵の袋と荷物をとり、背を向けて階段をあがる。

はぁー、と長いため息が聞こえたので、ちらりと振り返れば頭を抱えていた。声にはださずに笑い、階段を昇るペースをあげる。


全てを独占したいとは言わない。

けれど。

―――しばらくは僕のことだけを考えていればいい。


階段を上りきり、最近では開けなれた豪奢な扉のドアノブに手をかけた。




========


前サイトの時にリクエストを頂いた「鳥口君or和寅さんとの仲良しぶりに妬く青木さん」。

ちょっと加筆。






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