青益ショートショート | ナノ

その4

VS本島くんです。



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昼下がりの探偵社はいつになく、とても穏やかな空気が流れている。

それは先程やってきた、向かいのソファに座る本島のほのぼのとした空気によるものが大きい、と青木は思う。いつも濃い人間に囲まれているせいで霞むが、一人向き合うと独特の雰囲気がある。

「よく寝てますね」

青木に凭れてぐっすりと眠る益田を指して本島がふわりと笑うのにつられて、青木も微笑んだ。

「えぇ。3時間程前に、ここ何日か連日徹夜で張り込んでいた浮気調査の報告が漸く終わったらしくて。本島さんの少し前に僕が探偵社に来た時には寝る寸前でしたよ」

本島から益田へと視線を移す。安心しきった寝顔は、何度見ても飽きない。


穏やかな空気を作った下地は探偵社の静かさだ。

探偵が未だ睡眠中。助手も熟睡。

つまりは今探偵社で働いているのは秘書だけで、その秘書も下の階のテーラーや税理士事務所や雑貨屋に家賃を回収しに行ってしまって居ない。

あんなにいつも賑やかな探偵社は、たった三人で構成されていることを改めて認識して、少し可笑しい。


青木は非番であったから留守をまかされる格好になったところで、本島がやってきたのだ。本島も今日は半ドンであったらしく、もう午後は休みだという。

「しかし、本当にいいんですか、本島さん。益田くんに、来客があれば起こすように頼まれているんですが…」

「良いんです。大した用事ではなかったので。寝かせてあげてください」

青木は気にして聞くが、本島が珍しくきっぱりと言いきって話題を変えた。

「たまに事務所に来た時益田さんと話していると、よく出てきますよ、青木さんの話。とても仲が良いんですね」

「…そうですね、年もわりと近いですから。鳥口くんも一緒に三人でよく飲みに行きますよ」

恋人ですから、というわけにもいかずに友人らしさを強調した。

同性同士で付き合っているなどと本島が聞けば驚くどころではすまないだろう。普通の反応はそんなものだ。本島の益田への接し方が急に変われば、益田が傷つく。

そう思っての軽い返事であったのに。

青木の言葉に本島が小さくため息をついた。

「羨ましいです。僕ももっと仲良くなれたら良いんですけど…」
「益田くんと、ですか」

いきなり話の雲行きが怪しくなってきたので、一度確認をしてみると、「えぇ」と言って大きく頷かれた。

だが、この目の前の常識人が、益田をそういった対象として見ることは無いように思えた。


―――勘繰り過ぎか。


「もう友人だと益田くんは思っていると思いますよ。よく話してますから、本島さんのことも」

青木がまた軽く返すと、首を力なく左右に振られた。

「いいえ、そういった意味ではないんです」

――――まさか。


青木は言葉を失った。


完全に予想外だ。

まさか、この常識人が。


自分も常識人だのなんだのと称されやすい人間であるのを棚にあげて、青木は真摯な目をした本島を見返したが、本島はこちらの動揺には気づかぬようで話し続ける。

本音を少しこぼしたことで、堰がきれたようだった。

「男性相手にこんな思いを抱いたのは初めてで、僕はどうしたらいいのか」

こっちも、どうしたらいいんだ。


青木が言葉を失ったままでいると、本島が慌てた。

「す、すみません。こんな話、人に言うようなものではないですよね」
「いえ、大丈夫です」

何故か青木まで慌てて手を振ってしまい、さらに困った状況にはまりこんでしまった。

――そのまま相談を聞く空気をつくりだしてどうする!?何をやっているんだ。大丈夫じゃないだろう。

あとになればなるほど、自分が恋人だと言い出しづらくなるのは目に見えている。

話を聞くだけ聞いて最後に、実は…、などと言うのは侮辱だ。悪趣味だ。

参った。過去最強の敵かもしれない。

こんなにまっすぐな想いを撥ね付けにくい。

だが、渡す気はさらさらないので、仕方がない。

「本島さん。話を聞く前に、聞いて欲しいことがあるんですよ」

青木が僅かに身をのりだすと、肩に凭れていた益田の頭がずり落ちそうになったのを抱き抱えて支える。

「実は益田くんは…」

僕と付き合っているんです、と青木が言いかけたのを、本島が寂しそうに笑って遮った。

「あぁ。自分のものにしたいなんて大それたことは思っていないので、今益田さんが誰かご婦人と付き合っていても構わないんです。ただもっと会いたいと思うだけで」

「…なるほど」

何がなるほどだ。

自分の返答に呆れる。

やりづらい。ぐいぐい来ない相手に張り合えない。本気で困った。

沈んだ空気を振り払うように、本島が茶を飲んで声の調子を上げた。

「それで、どういった女性なんですか?お相手は」

適当な嘘でもつこうか、という思いが脳裏をかすめたが、本島が本気であるならば、いつかは知ることだ。

腹をくくる。

「…益田くんの相手は女性ではないんですよ」
「え?」
「益田くんは僕と付き合っているんです。中々言い出せずに申し訳ありません」

益田を抱き抱えたままでいるのは当て付けがましい気がしたのでやめて、自分の膝へと益田の頭を下ろして寝かせた。

「そう…だったんですか」

本島の目が益田を見て、数度ぱちぱちと瞬く。

「えぇ」

すぅすぅと寝息をたてて眠る益田を起こさぬように静かに答えると、意外にも本島が微笑んだ。

「でも、それって、僕が男であるいうだけで嫌がられる可能性は低くなったということでもありますよね?」

「…は?」

何を言い出すんだ。

「それが一番怖かったんです。青木さんに話してみて良かった。こんな展開になるとは思っていませんでしたけど」

本島が湯飲み茶碗を机に置いて立ち上がるのを見上げる。


「僕、頑張ります。負けませんから」


そう言ってどこか爽やかに笑って探偵社を出ていった本島は、誰よりも強敵になりそうだった。


本島が帰る際にカランと鳴った扉の音に反応したのか、益田がうっすらと目を開けた。

「青木さん…?誰か来ました?」
「いや、本島さんが来たけど帰ったよ」

だからもう少し寝ていなよ、と声をかけると、益田がこくりと頷いて目を閉じた。

そうして、すぐに寝息が聞こえてくる。

その目の下の隈を指でなぞる。なにも、こんなになるまで頑張らずともいいのに。


事務所はまた静かになった。

本島があんな想いを抱いているのなら、この寝顔を見せてやるんじゃなかったな、と器の小さなことを考えた。







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