青益ショートショート | ナノ

その3

VS司さんです。



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「青木ちゃんって、見かけによらず独占欲強いんだねぇ」
「…は?」
「僕が益田ちゃんと話してると、つまんなそうな顔するじゃない」

司がにこりと人懐っこい笑みを見せて、青木のグラスに酒を注いでくる。

「気のせいだと思いますよ」

引きつりそうな頬を抑え込んで、青木はなんとか笑みをつくって返す。余裕に満ちた態度で言われた一言に、真面目に怒るのは癪だ。

内心では腹を立てていたけれど。

……つまらなそう?

あぁ、つまらないよ。つまらないに決まっているだろう。面白いわけがない。

独占欲は強いという自覚もある。

だが日々、恋人を色々な人間に狙われれば、誰でもそうなる。元来、独占欲は強い方だということは今は置いておく。


『益田ちゃんを今飲みに誘ってたんだけどさ、君も行かない?』


益田を迎えに行った探偵社で、にこやかに言われたあの一言も、青木の感情を見透かしたうえで言っていたのだとしたら。

増岡や羽田とは、また違う厄介さだ。

堂々とした態度での計算しつくされた姑息さや何度振り払ってもめげない挑戦よりも、さらに厄介だ。

先週の増岡との旅行も、どこで益田の動向を知ったのか、旅館に既に居た羽田と遭遇したのもあって心底疲れたが、二人とも目的がはっきりしているので対応はとりやすい。ただはねのければ良いだけだ。

しかし、目の前の男は違う。

そもそもどこまで本気か掴めない。

益田を気に入っているのは確かだが、遊び慣れた空気は、どういう意図を持っているのか青木には判別がつかない。

苦手だ。

あとついでに言うと「益田ちゃん」呼びも気に食わない。

厠へと行っている益田が早く帰ってこないかと障子の扉に目をやる。

料亭めいた座敷の個室であるせいで、障子に視線をやったところで益田がいつ帰ってくるのかは分からないが、この男の顔を見続けるよりマシだ。

司が笑う声がしたので向きなおる。

「なにか?」
「いやぁ。分かりやすいなぁ、と思ってね」

挑発と受けとっていいものか、と思いながらも流す。

「益田くんが迷ってやしないか、心配しているだけですよ。広いですから」
「大丈夫だよ。益田ちゃんだって小さい子じゃないし。ちょっと構いすぎじゃないの?」

これは絶対に挑発されている。これが挑発以外の何かだというなら教えて欲しい。
ただでさえ若僧扱いなのに、ここで怒ればガキだと見なされると自分に言い聞かせ、口をきかずにすむように酒をぐいぐい飲むうちに、静かに歩く音が聞こえて部屋の前でパタリと止まった。

続いて障子の外から仲居らしき女性と益田の話す声が聞こえる。

「こちらです」
「あぁ、すみません。どこがどこだか分からなくなっちゃいまして」

適当に言っただけなのに本当に迷っていたらしい。くそ、可愛いな。

微笑む仲居に障子を上品に開けられて、益田が仲居に頭を下げながら入ってくる。

「益田ちゃん。こっち、こっち。今度は僕の隣に座りなよ」
「あ、はいはい」

手招く司に促されるまま、益田が司の隣に座る。

そしてあろうことか司は益田の耳元に口を寄せて何かを耳打ちし始めた。

さっきまでの自分は間違っていた。これこそが挑発だ。


司が笑ったまま益田から身体を離して煙草をくわえ、派手なシャツやズボンのポケットを燐寸を探すように叩いて見せるのに益田が反応する。

「燐寸ですか?僕持ってますよ。探偵ですから」
「貸してくれる?益田ちゃん」
「えぇ、勿論。あ、僕つけましょうか」
「お願いしちゃおうかな」

司が益田に口元を寄せ、益田が燐寸を取り出した。

ちらりと青木に視線を寄こしてくる司の瞳は、からかうような色を帯びていて。

もう自分をからかうのが目的なのか、益田と仲良くするのが目的なのか、さっぱりだ。


だが怒りを顔に出しては負けだ。


―――この男は木場さんの友人だ。耐えろ。木場さんを思い出せ。先輩が今の自分を見れば、確実に呆れる。青くせぇ、と言われるぞ。落ち着け。


「それじゃ、ちょっと外で吸ってくるよ」

もう忍耐力にも限界が見えてきた青木に気付いているのか、いないのか(おそらく確実に気づいている)司が煙草をくわえて外に出て行く。

青木はそれを見やる自分の肩から力を抜けるのを感じて、余裕のなさも実感させられた。

どっと疲れて益田を呼ぶ。


「…益田くん、こっちに来てよ」
「どうしたんですか、青木さん。なんか疲れてません?」


誰のせいだ。

いや、余裕のない自分のせいか。

あの手の性質の人間に真面目にくってかかっては駄目だ。ひらりとかわされて終いだ。

今度から気をつけよう。

隣に座る益田を引き寄せて、肩に頭をのせる。

「さっきさ、司さんに何を言われてたの?」
「さっき?」
「耳元で何か言われてたじゃないか」
「あぁ。綺麗な仲居さんだね、ってそれだけですよ」


―――それだけ?


唖然として顔をあげて益田を見ると、きょとんとしている。

それだけなのか。あの男はやはり自分をからかうためだけにやっていたのか。

なんて意地の悪い男だ。


――――次会う時は余裕を見せつけてやる。


司さんが益田くんを抱き寄せたって、触ったって爽やかに笑ってやる。


……あ、でも絶対にそれは無理だ。想像しただけで腹が立ってきた。

深く息を吐き出すと、益田が心配そうに眉を寄せた。

「本当に大丈夫ですか、青木さん?」
「…君が楽しそうなら、それだけで笑っていられる余裕に満ちた男になりたいよ」
「なんですか、いきなり。大丈夫じゃなさそうですね」


ため息ついでに弱音を吐くと、益田が照れた笑みを見せた。

その笑みを見て約2時間ぶりに気持ちが明るくなる自分は相当夢中らしい。







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