青益ショートショート | ナノ

その2

対羽田さんに続いて、対増岡さんです。



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開いた口がふさがらない。


青木は、数回しか会ったことのない、やたら早口の弁護士の顔を思い浮かべた。


まさか、あの男まで。


「旅行なんて絶対おかしいよ。君と二人で行くなんてさ。何?どんな理由をつけてきたの?」

なんで眠りしなにそんなことを言うんだ。

眠気の吹き飛んでしまった青木に対して隣に横たわる益田は眠る寸前だ。

非常事態であるから仕方がないと、肩を揺すった。

「いや、増岡さんは事務所には結構来るんで、そんなに親しくないわけじゃないんです。それにあの人、柴田財閥の顧問弁護士ですから、柴田の所有する旅館やら施設なんかはタダで使えるらしいんですよ。料理は美味い、もてなしと景色は最高、女将は美人、と三拍子揃った旅館がタダですよ、タダ。凄くないですか?」

確かに凄い。だが、凄いの意味が違う。

やり方が汚い。

羽田の方が真正面から来る分、マシに思える。…いや、あれはあれで鬱陶しいか。

「僕も最初は遠慮したんですけどね、いくら無料だって言われても申し訳ないじゃないですか。だけど、ちゃんと理由があったんですよ、これが。増岡さんは道中の景色も楽しみながら車で行きたいらしくて。しかし、それには旅館が遠い。ならば車の運転を途中で交代できる人間を一緒に、と考えたところで、『元警官という安全運転のスペシャリスト』の僕に白羽の矢が立ったんです。『同じ神奈川出身同士、話が途切れることもないだろうしな』って」

いやぁ、僕、車の運転には結構自信あるんですよ。警官時代に散々運転させられましたからね、と言って益田が笑う。自信のある部分を褒められたのが相当嬉しかったらしく、話しているうちに身体を起こしていく。

青木は反対に眩暈がしてきて布団に沈み込んだ。


―――なんて口のよくまわる男だ。理由もなんだか、それらしい。疑ってかかって聞いているこっちまで、他意はないのかもしれないと少しだけ思ってしまった。益田くんの自尊心までくすぐっているのが、また凄い。スペシャリスト?いちいち横文字を使うな、日本語を使え。

罵詈雑言を並べたくなるのを我慢し、ひとまず諦めるよう説得することにした。建設的な自分を誉めたい。


「あのさ。益田くん…」

なんと言うべきか。

旅行になど行ってくれるな、というのは、あんまりな気がする。しかし行けと言えば、後悔するのも目に見えている。

ならば。

「増岡さんが旅行に行こうって言ってる日にさ、僕と一緒にどこかに行こうよ。僕だって君と旅行に行きたい」

「ほんとですか!?」

「嘘なんか言わないよ」

実際、事件の待機をせねばという意識さえなければ、非番の度にどこかに行きたいくらいだ。

益田が、運転を褒められたという話をしている時よりもさらに嬉しそうに笑った。

「わざわざいいですよ。そんなの。言ってくれるだけで。事件が起こったらどうするんですか。それに非番の日くらいはゆっくりしてくださいよ」

はにかみながら言う姿に愛しさがこみ上げてきて、青木も体を起こす。

「行こうよ。そう言わずにさ。旅行先を申請してれば連絡も来るし、大丈夫だから」

たとえ帰ることになったとしても、行こうとすることに意味があるように思えた。

益田を抱き寄せると、すべてを委ねるように力を抜いた身体が重みを預けてくる。眠そうなところ悪いが、もう押し倒してしまおうとしたところで、益田が思い付いたという風な声を出した。

「あ、増岡さんに、青木さんも一緒にって頼んでみましょうか?三人で行けば、さらに楽しいですよ、きっと」

無い。それは絶対ない。

部屋割りから何からなにまで、堂々と姑息な手を使ってくるに違いない。

しかし、増岡がさらに日取りを変えて攻めてくることを考えると、自分も一緒に行くのは最善の選択に思えた。


「……うん。頼んでみて」


やっぱり、羽田より厄介だ。








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