(4)
「ぎゃあああ!榎木津さん、痛いですって!」
「うるさい、バカオロカ。僕の前で最中を食うな!見ているだけで口がパサつく!」
「それなら見なきゃいいでしょ…ったたた痛い!ほんとに痛いです!」
益田を飲みに誘いに青木と共にやってきた鳥口は、探偵社の入り口で立ち尽くしていた。
探偵が助手に柔術をかけている。
こういう時は好きなだけやらせておくに限る、と友人を爽やかに見捨て、鳥口は隣で苦笑している青木へと話しかけた。
「青木さんは嫉妬とかしないんすか?」
益田から聞かされて随分経つのに、未だに青木が益田と付き合っている風には見えないのことが常々気になっていたのだ。
「え?誰に?」
「今だと大将とかにっすよ。自分の相手が誰かと仲良くしてるのみたら嫌だって人いるでしょ?なんか青木さんは笑ってみてるし、そういうの無いのかなと」
「あぁ―」
無感動な声を上げて、青木はしげしげと呻く益田を眺めたのち、頷いた。
「うん。そういうのは無いね」
「へー、そんなもんすか」
「束縛というかさ、縛り付ける気はないし。それに嫉妬なんていちいちしてたらキリがないよ」
そう言いながら青木が益田の方へと足を踏み出した。見るに見かねたらしい。
「大体、僕が一番好かれてるんだから、もうそれで充分だろう」
こともなげに溢された言葉は、そのことに一切疑問を抱いていないようで。
からかい半分であったのに、すっかりあてられてしまった。
「青木さぁん!助けてください!」
「今行こうとしてたんだ。榎木津さん、すみません。もう勘弁してやってくれませんか。最中を食べるのを益田くんは金輪際やめるそうですから」
「え、僕はまだまだ食べますよ…って痛い!」
榎木津の見事なデコピンが炸裂した。
「…益田くん。君には学習能力ってものがないのか」
冷たい言葉をかけながら、青木が益田の額を覗き込む。
それでもその視線はいつになく甘さが含まれていて、ほんの少し赤くなった額を撫でる姿に至っては確実に恋人同士のものだった。
青木には節度があった。ただそれだけの話だったらしい。
青木と付き合ってるというのは益田の妄想なのではないかという心配は、この日鳥口から完全に消えた。
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青木さんって嫉妬しなさそうでもあるよね、というお話から。
ちょっと加筆。
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