(3)
≪※過去に山益、現在青益≫
「青木くん。益田は、その…、元気にしているのかな、東京で」
「えぇ、見ての通り。調子の良さなんかは倍増したと、箱根の事件から益田くんを知っている友人は言うくらいですよ」
少し遠くで崎坂に頭をがしがし掴まれて笑っている益田を笑みで指して、青木は隣に立つ山下に視線を戻した。
だが、山下はその答えに満足していないらしく、乱れていない前髪を神経質に掻きあげる。
「いや、益田は笑っていたり、軽口を叩いていても沈んでいることがあるだろう。私はそれが中々見抜けなくて随分後悔しているんだ。箱根のあと、辞めると聞かされるまで悩んでいたことに気付かなかった程だから、心配になってね」
事実言葉通りに後悔の滲んだ山下の声に、青木は自分が急速に冷めていくのを感じた。
ただの上司にしてはおかしなまでの述懐。ましてや山下は全ての部下に心を砕いているような男ではない。
益田と山下が二人で話すのを見るにつけ、感じていた違和感が形をなしていく。
益田を抱いたのは自分が初めてではないのは分かっていたが、いざその相手をはっきりと知ると嫉妬に狂ってしまいそうであったから敢えてその相手を聞かずに過ごしてきたのに。
まさか出くわしてしまうとは。
役者顔の面長な男をじっと見据える。
しかし山下は益田へと視線をやっていて、青木の視線には気づかぬようだった。
益田へと注がれる甘さの含んだ眼差しは未だに抱える想いがあることが読み取れて酷く苛立つ。
――そんな顔をする権利は貴方にはない。
―――知った風な口をきいてくれるな。
どす黒い感情が身体中を這いまわる。
「山下さん」
静かに呼び掛けるとこちらを向いた。
「益田くんは元気です。貴方が心配する必要はありません」
なぜかひどく穏やかな声が出た。
「そうか。それなら良いんだ。ありがとう」
安堵と一抹の寂しさが満ちた返事に腸が煮えくりかえる。
礼を言われるのも、嫌だ。
―――益田くんの代弁をできるような立場だとでも?たとえ一時期貴方のものであったとしても、今は僕のものだ。
「益田くん」
大きな声で呼ぶと、益田が振り返った。
「なんですか、青木さん」
にこりと笑っていた顔が、青木を見て怪訝そうなものになり近づいてくる。
「どうしたんです?」
「何がだい?」
「怒ってるでしょう」
「そうかな、それより早くこっちに来なよ」
自分からは一歩も近づかず、ただ益田に歩みを急かした。
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その2に引き続き、「山下さん達に嫉妬する青木さん」。
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