さかさまかみさま(榎益)
カンカンカンカンと踏み切りの警報器の音が鳴る。
踏み切りまでの距離からして走ればなんとかなりそうであったけれど、そう急ぐ訳でもない。だから鳥口はむしろ歩くペースを落とした。
さっさと歩いても待つ時間は変わらない。それなら歩いている時間が長い方が好きだ。
踏み切りの遮断機が降りていく中、背後からきた猛スピードの自転車が鳥口を追い越していく。まだ渡ろうとするつもりらしい。
危ないなぁ。
狭い日本。そんなに急いでどこへ行く。そう言ったのは誰だったか。
だが、どうやら今日は急がない自分の方が少数派であったようで。自転車を目で追った先。反対側の遮断機の向こうでは、探偵と助手が言い合いをしていた。こっちに気づく様子もない。
「お前が遅いから、間に合わなかったじゃないか!このバカオロカ!」
「無理な踏み切りの横断は危険ですって!しばらく待ってたら、開きますよ」
「僕なら無理じゃなかったんだ。そもそも、なぁに口答えをしてる!」
「うわぁっ」
あれよあれよという間に榎木津が益田の胸ぐらを掴みあげていた。
――え?まさか殴る気じゃ…。
「榎木津さん!」
叫んだ声は、列車のゴォォーっという音と鳴りやまない警報器の音でかき消された。通りすぎていく列車でなにも見えやしない。
やきもきした。走れば良かったと気が焦る。ようやく列車が去ったことで見えた向こうの景色では、益田が座り込んでいた。
警報器の音がやむ。
―――遅かったか。
「うわぁ、大将やり過ぎっすよ!」
まだ上がりきらない遮断機の下をくぐり抜けながら鳥口は大声で呼び掛けて、座り込んだ益田に駆け寄った。
「益田くん、大丈夫?」
伏せている顔を覗きこむと、益田は真っ赤な顔をしていた。
「…大丈夫じゃないです。あのオジサン、訳わかんないですよ。い、いきなり…」
自分の唇を触って、さらに真っ赤になっていく益田を見て、何があったのかを悟った。
「天罰だ」
隣に立つ榎木津があっけらかんと笑う。
―――罰になんか、なってませんて。
鳥口はそう思ったけれど、口には出さなかった。
まだ座り込んで動けずにいる益田を見れば、それは火を見るよりも明らかだ。
だが違った視点から見れば、ちゃんと罰になっているのかもしれない。これからしばらくの間、益田は榎木津に何一つ言い返せないだろう。今日のことを思い出して。
「うへぇ」
浮かんだ言葉はそれだけだったので、鳥口はひとまず友人の背を励ますようにポンと叩いた。
遮断機が上がりきった。車も人も動き出す。
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タイトルは「カカリア」様から。
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