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(2)

最初のうちは上手くいってたんだ。どっちかの部屋に行っては抱いてさ。身体だけの関係ってやつを地で行ってたね。

でも僕が失敗した。



――あぁ、この子にすっかり情が移ってしまってる。

そう気づいたのは、ひと月くらい前、抱いてる最中に質問した時だったよ。

僕は誰の代理なんだろうってのは、ずっと気にはなってたんだ。益田ちゃんはどんな男に夢中になってるのか。気にならない?

素面じゃ絶対言わないし、酔っても言わない。なら他に聞くとこなんて、そういう時しか思い付かなくてさ。

身体の相性は良かった。それに、鍛えてあげるって言葉を鵜呑みにしてたのかな。どんなことを頼んでもすぐにやってくれちゃったりしてね。一生懸命なんだよ、それがまた。ま、こんな話はいっか。

とにかく今なら言うかもしれないなと思った時に聞いたんだ。益田ちゃんは誰が好きなのかって。



*****



そこまで話したところで司は一度口を閉ざして、榎木津の方を見た。

榎木津は、話の途中にソファから自分の机の回転椅子へと移っていき、背を向けたままこちらを見ようとしない。

でも今自分が頭に浮かべている益田の姿を思えば、それも当然かもしれない。


話し込むうちに夜はすっかり更けていた。探偵事務所の窓から見える明かりも街灯くらいのものだった。事務所を訪れたのが遅かった、というのもあるけれど。

遅くに来たのは、目の前の友人が時間を一切気にしない人種であるのに甘えたのと、その探偵助手と顔を合わせたくなかったからだ。ここしばらく、どんな顔をして会えばいいのか分からず、なんの連絡もとらずにそのままだ。益田からも何も言ってこない。

和寅が寝る前に用意していってくれたアイスペールの中の氷も随分溶けていた。それを気にせずに残っていた氷の欠片をトングで摘まんでグラスに入れて、上から洋酒を注いだ。

どれだけ飲んでも、気持ちよく酔えやしない。

目を閉じて、思い返す。




馬鹿な質問をしたのは、司が舌と手で散々焦らしていた益田の身体が丁度上り詰めようとしていた時だった。


「…っ司さんっ!僕もうっ」
「ねぇ、益田ちゃんは結局誰が好きなのさ」


急に刺激を与えるのをやめて、益田の前を根元から握り込んで問いかければ、切羽つまった苦しそうな瞳で見上げてくる。快楽の他は何も考えられないのか、その目が見開かれるまでに少し間があいた。

「へ?」

紅潮した頬と、潤んだ瞳。長い前髪は汗で張り付いた数本以外は左右へと流れて、普段は見えない綺麗な形をした額と悩ましげにひそめられた眉を晒していた。


「なんで今っ。ねぇ、司さんっ、早く…」
「あとになったって教えてくれないから今だよ。僕には知る権利くらいあると思うけどなぁ」
「っ!司さんには関係ないじゃないですか!」


さらに問い詰めた時に、叫ぶように言われた一言が、今、思い返しただけでも肺腑をえぐる。

そうだ。関係ない。

ちょっとした遊び相手。最初からそういう話だった。

だけど、そのことに無性に腹が立った。柄にもなく。無茶苦茶にしてやりたくなって、解しきらない後孔に、滾っていた己のものを無言で捩じ込むと、益田が切なげに声をあげて達した。それを無視して、脱力した身体を抱えて腰を進める。

狭く、熱い肉壁が司自身を絡めとる。淫らに蠢くそこは、初めての時とはまったく違った。好む場所へと誘い込むよう、自らの腰を沈めて動いてくるのも、そうだ。自分が慣らした。その益田の身体が、他の誰かに抱かれるところなんて考えたくもなかった。渡したくなかった。

容赦のない抽挿を繰り返す。卑猥な水音が聞こえる。内壁を擦り上げるたびに快感が全身へと走った。

背中に細い二本の腕がまわってくる。熱に浮かされた、忙しない益田の喘ぎ声が耳元で鼓膜を刺激する。

中を強く締め付ける間隔が少しずつ短くなってきていた。限界が近いのだろう。ねだるように司の腹に擦り寄せてくる、硬く勃てて先を濡らした益田自身に手を伸ばす。


遊んでいるのは、翻弄しているのは、こちらのつもりだったのに。

今本当に翻弄されているのは自分の方かもしれないと思った。


*****


司が黙り続けていると、榎木津が声を発した。


「…話は終わりか?」
「…いやさぁ、いざ話そうと思ったら何をどういう順番で話せばいいのか、わかんなくなっちゃってさ」


適当にへらりと笑うと、榎木津の瞳が半目になった。何かを見ようとしている。嘘だと見抜かれたらしいが、飄々としておいた。

榎木津が椅子の背にぐっと凭れて、足を組む。

「僕は人の話を聞かない。だから、好きなように話せば良いよ。どうせ聞かないンだ。さっきのも喜久ちゃんが黙ってるから、もう話は終わりなのかと思って聞いたのに、まだ話し続ける気だと知ってうんざりしてるくらいだぞ、僕は」


そんなこと言いながら、唯一無二の探偵が心配してくれているのは知っている。

指摘しても、適当な言葉を吐いて煙に巻かれるに決まってるから言わないけれど。


―――もしかして益田ちゃんが好きなのは、エヅだろうか。


くだらないことを考えた。知ったところで何がどうなる訳でもない。

誰でもいい。自分じゃないのなら同じことだ。

グラスにまた酒を足す。氷を入れるのも億劫だった。





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