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背徳的ガボット

その時、宿直だった亀井は床に飛び散った大量の吸殻を拾うためにしゃがんでいた。

眠気覚ましに話す相手もいない夜中の刑事部屋で、居眠りをしかけてガクンとずれた肘が机の上の灰皿を落としてしまったのだ。

だから隠れようとしたんじゃない。結果的に机の影に隠れていることになってしまった、というだけだ。つまり、自分は悪くない…筈だ。


***


「あれ、亀ちゃんが居ない」


小さな事件は、先程帰った筈の先輩刑事のそんな言葉で幕を開けた。

居ますよ、と亀井が頭を上げようとした時、続いて声が聞こえてきた。

「厠にでも行ってるんじゃないか?」

上司の声だ。なんとなく挨拶は後でいいやという気になって掃除に戻る。

何故二人揃って戻ってくるんだろう。そういえば帰るときも一緒だった。さすがは相棒。仲良きことは美しき哉。

眠い頭で適当に考えながら、ひとまず吸殻を拾うのに専念した。煙草の灰はどうしようか。そして煙草の灰というのは、どうしてこうも掃除する気が失せるのか。


「さっさと忘れ物とやらを取ってこい。眠いんだ」
「だから先に帰っといてくださいって言ったじゃないですか」
「どうせお前が来たときに鍵を開けなきゃならないんだから変わらんだろう」
「鍵開けといてくれたら勝手に入りますよ」
「そんな不用心なこと出来るか」

―――え?鍵?

鍵って、あの鍵っすか?空き巣をはじめとした犯罪対策のために家の扉につける、アレっすか?つまりは家で一緒に飲むか何かするんすね?でも、眠いと言ってる人間の家に勝手に入るなんて益田さんも凄いなぁ。寝ている家主兼上司の横で、一人飲むってことっすか?

……んな馬鹿な。


さすがに眠い頭でも違和感を覚えた。


「いいから、さっさとしろ」
「分かりましたって。すいませんでした。でもね、山下さん。そんな言い方だと女性に嫌われちゃいますよ」

山下の言葉をさらりと流して、益田が軽口を叩きながら机の方へと向かってくるのが足音でわかる。そろそろ挨拶でもしようかと思った時に、山下の発言でその足音が止まった。

「お前はどうなんだ?」
「はい?」
「お前は嫌なのか?」
「えっ?…あ。山下さんの話し方ですか?えぇと嫌じゃないです。悪意がある訳じゃないし」

何の質問だ。どういうことなんだ、この二人。益田の足音が戻っていく。山下の声が、少し穏やかなものへと変わった。

「…なら、良いじゃないか」
「いや、そんなことが言って欲しくて言ったんじゃないんです。ただ適当に…。あぁ、もういきなり止めてくださいよ…。なんでたまにそういうこと言うのかなぁ」

益田の幸福そうな溜め息まじりの声に、つい気になり過ぎて机の端から覗けば、益田が山下の首に腕をまわして抱きついていた。

あまりの驚きの光景に、思わず机に頭をぶつけてしまい、ゴツッと大きな音が立つ。

「っ痛ェ!」
「か、亀ちゃん!?」
「居るなら居ると言え」

顔面蒼白の益田と案外落ち着いている山下の視線を受けながら、ばれちゃあしょうがない、と時代劇の悪役さながら堂々と立ってみる。右手に灰皿を持っていたから、しまらない絵面になったとは思うけれど。

「灰皿が落ちたんすよ」

とりあえず、隠れていたのでは疑惑を消すために灰皿を見せた。向こうも、特に益田は関係を知られて動揺しているようだったが、その部下はもっと動揺しているのだと声を大にして言いたい。

「あとは煙草の灰を箒で掃くだけなんで」ときっと互いにどうでも良い報告をしてから、そそくさと箒を探す旅に出ようとしたのに、何故かすぐそばの壁に立てかけてあった。


「はい、亀ちゃん」
「あ、すいません」

恥ずかしそうに俯く益田に箒を手渡された。もうこっちが恥ずかしい。この二人があんなことやら、こんな…。え、どっちがどっちを…。下世話な想像はそこでやめた。

山下が不機嫌そうな声を出しながらポケットに手を突っ込み、鍵束を取り出した。

「…これ一つのために面倒な話になったんだ。もう鍵を渡しておくから、あとはお前の好きにしろ」

鍵束から自分の家のものと思わしき鍵を取り出して、益田の手に押し付けている。そうして刑事部屋から出て行こうとするように背を向けた。

「え、山下さんはどうするんです?僕にこの鍵を渡しちゃったら、家に入れないじゃないですか」
「鍵ならもう一つ持っているから心配するな」

声をあげる益田を面倒臭そうに手で払うような仕草をしてから、山下が去っていく。口を挟むのもあれかなと亀井は黙々と掃除をしていたので、煙草の灰を掃くサッサという音だけが部屋を支配していた。

しばらく経って、漸くこちらを振り向いた益田は、まだぽかんとしている様子だった。それでも鍵はしっかり握りしめている。信じられないとでも言うように目をゆっくりと瞬かせてから、照れた笑みを見せた。


「亀ちゃんのおかげで貰っちゃったよ」

先輩刑事はそう礼を言うけれど、それは違うと自分の刑事の勘が言っている。あの上司は元々いつか益田に渡すつもりで合鍵を持っていた筈だ。今日のことは精々きっかけに過ぎない。絶対そうだ。言い切れる。

そうでなきゃ、家の鍵を二つも持ってやしないと思うのだ。


「益田さん、俺の名推理を聞いてくださいよ」


掃除なんて後でいい。








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タイトルは「カカリア」様からお借りしました。



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