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あいにく余裕なんてものは持ち合わせておりません

そのまま、そこが京極堂の座敷だということも忘れて益田の唇を貪っていると、襖がいきなりガタッと音を立てた。

ハッとして青木が顔をあげれば、関口と目があった。関口はあんぐりと口を開けて、微動だにせず固まっている。

青木の腕の中にいた益田も勢いよく振り返り、関口を見て固まった。

しんと静かになった座敷に足を踏み入れぬまま、関口がやっと声を出す。

「ぼ…」

ぼ?

「僕は何も見てないからな!見てないぞ!」

そう言って玄関の方へと慌てて引き返していった。益田も慌てて、「違うんですよ!関口さぁん!」とその背を追っていく。


何が違うのか。もう現行犯である。言い訳のしようがない。


「話を聞いて下さい。関口さん!」

青木がただ座って状況の流れるままに委せる中、益田が関口の腕を掴む。

「離してくれ、益田くん!えぇっと、そうだ!今僕は小説の続きを思いついたんだ!一刻もはやく帰って原稿にしないと!」

「絶対嘘でしょ、関口さんがそんな創作意欲に満ち溢れたこと言うわけないですもん!」

「し、失礼な男だな、君は!」

二人が騒いでいるのを横目に、青木は茶を飲むことにした。

まさか、自分がここまで羽目をはずしてしまうなんて、思ってもみなかった。

青木も青木なりに動揺していた三者三様の混乱の中、座敷の主が帰ってきた。

「騒々しいな。なんなんだい君達は」

聞いたわりに大して気にも止めぬ様子で座り、本を開く。

「き、京極堂!この二人が…!」
「何も見てないって言ったじゃないですかぁ、関口さーん!」

青木と益田を交互に指差す関口の肩を益田が掴んで、がくがくと揺さぶる。

真っ青な益田の顔を一瞥して大体の事情を察したらしい中禅寺が「あぁ」と言って高く眉を吊り上げ、青木を見た。

「青木くん困るよ」

「はい。申し訳ありません」

青木は居住まいを正して頭を下げた。本当に申し訳ない。

「な、なんだい京極堂!その落ち着いた反応は!あ、青木くん。君は益田くんとそういう仲だったのか」

関口は青木の方を見て言ってから、益田へと振り返り大きな声を出した。

「そうか!榎さんが、益田くんをカマカマ言うのはそういう訳か!」

「せっ、関口さんまでそんなこと言うんですかぁ!?」

うちひしがれた声を出して、がっくりと項垂れる益田を気にすることなく、関口は「榎さんの言葉の意味はいつも後になってから分かる」と言いながら感心したように頷く。

その発言がなんのスイッチを押したのか、突然益田が顔をあげ、身振り手振りを交えながら勢い良く話しはじめた。

「あのねぇ、関口さん。僕は確かに結果的にカマかもしれません。榎木津さんは正しいです。でもねぇ、僕は本格的なカマじゃないんです。例えば道行く男性を何人見たところで、なぁんにも思いませんし。だからカマだのなんだの言われるのは不本意なんですよ、非常に!」

一気に言って何故か青木を睨む。挙げ句、指までさされた。

「男が好きだから青木さんと一緒にいるんじゃないんです!カマカマ言われるのの何が嫌って、そこが勘違いされてるみたいで嫌なんですよ!逆です、逆。ただ青木さん自体が好きで、青木さんがたまたま男だったっていうだけなんですよ!特別なんです!」


何を主張したいのか途中でぶれた感はあるが、なんだか熱烈な愛の告白をされた気がする。

青木は自分の頬が弛むのを感じた。

益田は発言を思い返したのか、顔を真っ赤にしている。

中禅寺は黙ったまま本を読み続けている。


「うん、僕が悪かった。勘弁してくれ」

関口が手で目を覆って、上を向いた。


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タイトルは「彼女の為に泣いた」様からお借りしました。


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