巡り会う混じり合う≪1≫
「…そうですか。山下さんがそう言うなら僕にはこれ以上言うことはないです」
言い返しては駄目だ。山下に悪気はない。
そう思うのに、益田は自分の口から言葉がすべり出てくるのを止められなかった。
「…言うことがないなら、さっさと帰れ」
山下がさらに言い返してくるが、内心落ち込んでいる筈だ。
分かっている。分かっているつもりだ。
刑事としてもずっと隣にいる。仕事終わりにそのまま山下の部屋で一緒に過ごして、さらに朝一緒に出勤して、なんてこともざらにある。誰よりも近くにいるし、理解している。…理解している筈だ。
けれど。それでも時折、自分が本当に山下を分かっているのか不安になるのだ。無愛想に投げつけられた言葉が真実なのではないかと。
珍しく同じ日に非番になる明日を共にどう過ごそうかを話したかっただけなのに、そもそも何故こうなるのか。折角二人で飲んでいたのに。
帰れ、という山下の言葉が本心であれ、なんであれ、今日は本当に帰った方が良いかもしれない。近くに居すぎるというのも山下からすると鬱陶しいものであったのかもしれない。自分にはあまりピンとこないけれど、どんな関係でもある程度の距離は必要だとも聞く。
明日一日、非番を一人で過ごして、明後日刑事部屋で何事もなかったかのように接してみよう。
喧嘩になった時はいつだってそうしてきた。山下は謝罪がするりと口から出てくる性質ではないのは承知していたから、益田が謝罪なんかを待っているうちに関係がなくなってしまいそうで怖かった。
なんだか泣いてしまいそうになったのを、ぐっと堪える。
「帰ります、僕」
引き留めてくれるといい、と少しの願いもこめながら発した言葉に対して、椅子を立っても、歩を進めても、山下からの言葉はなかった。
普段の喧嘩では怒りでいっぱいになりながら帰るのに、今日はただただ寂しい。
店の外へ出ると、気温がまた一段と下がっていて、身震いした。
―――さっさと寮に帰って風呂に入って寝よう。
それだけを考えるようにして、足早に歩いた。
そうしなければ自分がバラバラになってしまいそうだった。
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