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さあ今夜はどんな御話を


扉を叩く音がして山下がドアを開けると、息を切らしている益田が立っていた。雨の中、傘も持たずに来たようで、全身ずぶ濡れだ。

「なんだ?事件か?」

夜中にここまで急ぐのは、それなりのことがあったのだろうと、自分も出かける準備をしようと部屋に引き返そうとすると、背中にぺたりと益田が凭れてきた。

「どうしたんだ?」

意図が読めずに問いかけると、小さな声が聞こえてくる。

「いえ、急に山下さんに会いたくなっただけなんです。すいません」
「そうか」

謝ることなどではない。そう言ってやりたい。

「そしたら、途中で雨に降られちゃって」
「…そうか」

腹へと回されてきた腕を掴む。

「おい、ちょっと待ってろ」
「なんですか?」
「お前が濡れているから…」

拭いてやる、と続けようとしたところで「あ、すいません。山下さんが濡れちゃいますね」と言って益田が離れていってしまった。

自分の不器用さも悪いのかもしれないが、変に気を回し過ぎる益田も益田だ。

「早合点するな」

不機嫌な声が出てしまうが、益田は慣れたもので、困ったように眉を下げて笑うばかりだ。

「とにかく、さっさと靴を脱いで上がって、座れ」
「はい。分かりました」

箪笥から手拭いを取り出して持ってきて、言いつけ通りに畳に座り込む益田の頭に被せ、ごしごし拭くと、最初はきょとんとしていた顔が朱に染まっていく。

「…や、山下さん」
「なんだ?文句があるのか」
「ないです。ないですけどね…」

声がどんどん小さくなっていき、顔もどんどん下を向いてしまう。

自分から甘えてくるのは平気な癖にと不思議に思いながらも、どこか面白い。

「おい、上を向け」

拭く手を止めずに山下が言うと、益田が真っ赤な顔を少しだけ見せて、視線が合う。

「なんですか…」


角度が足りなかったので、拭いていた手で益田の頭を強引に上向けて唇を塞いだ。




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タイトルは「彼女の為に泣いた」様からお借りしました。









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