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スカーレット

言い付けた珈琲を差し出して寄越しながら益田が口を開いた。


「あの、榎木津さん。ちょっと報告があるんですが、今良いですか?」


なんだか僅かに緊張しているのが伝わってくる。

話が長くなりそうな印象を受けたから、榎木津は目を半目にして助手の頭のあたりに浮かぶものを見た。


コケシ。大きな車。家財道具。運んでいるのか?この様子は。またコケシ。部屋の中。なんだか家具の増えた部屋に、またまたコケシ。

―――あぁ、引っ越しだな。コケシも一緒か。一緒に住むんだな。


もう話の要旨は分かったので、関心が珈琲へと完全に移っていく。

「あのー、榎木津さん。聞いてます?話があるんですけど…」
「話が長そうだから駄目だ」

素直に言うと、慌てた声が返ってくる。

「いや、それなら短く言いますから珈琲飲みながら聞いてくださいよ!」
「煩いぞ、バカオロカ。そんなに言いたいなら、話して良いかを聞かずにさっさと言え」

さっさと言ってれば、今頃話は終わってるぞ。まどろっこしい。

続けてそう言うと、確かにそうですねと答えて益田が頷いた。

「えっと実は僕、引っ越しました。新しい住所は和寅さんに知らせておきます」

そこで終わったように益田が言葉を切るから、疑問も手伝って聞いた。

「話は終わりなのか?」
「…はい、まぁ一応」
「なんだ。コケシと住むんじゃなかったのか」
「なっ…」

赤くなって目を見開くから、当たっていたらしい。

「み、見えちゃってたんですか!?それなら先に言ってくださいよ。見えてからの事後報告になるくらいなら、いっそ先に言おうかって悩んだ僕の時間がまるまる無駄になったじゃないですか!」
「そうだな。無駄だな」

呆れとも安堵とも判別つかぬ溜め息をつく様子を笑ってやる。

この助手は人の顔色ばかりを伺う。

多少は好きにすれば良いのにと、たまーに思う。

どうせお前は好き勝手やったところでたかが知れているから。弁えるべきところはきっと弁えるから。

ここまでちゃんと察するかどうかは知らないが、ここまで察してこその下僕だろう?



空になったカップを机に置いたところで、ドアベルがカランと鳴り和寅が帰ったことを知らせた。

益田が振り返る。再度緊張しているのが見てとれた。馬鹿だなぁ。


「あ、和寅さん。お帰りなさい。ちょっといいですか?」


また同じ話をするなら退屈この上ない。せめて愉快な踊りでも舞いながら言えばいいが、まぁ多分無いだろう。

それにもう一杯珈琲が飲みたいし、助手は無意味な緊張を続けている。


「和寅。珈琲」
「はい、すぐに」
「え。榎木津さん。今僕が先に話そうとしてたじゃないですか」

益田が気の抜けた笑みを見せた。

そうだ。それでいい。

机上の空になったカップに、過去に鍵盤を弾いていた指が伸びてくる。

「和寅さぁん。榎木津さんのカップはもう出してます」

そう言ってカップを持って台所へと和寅を追いかけていく姿は、なかなか下僕が板についている。




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「TOY」様からお借りした「同棲20題」「知ってしまったヒミツ」を改題。


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