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金木犀の骨格(亀益)

冷めた瞳がこちらを見ている。

「亀ちゃんの彼女は随分いい女なんだってね」
「は?」

いきなり何を言い出すんだ、この恋人は。

宿直に付き合ってくれるというし、他の刑事がやっと全員帰ったから、何か甘い展開を期待していたところであったのに。

そう思いながら、亀井は益田をまじまじと見た。

どう見たって、何度見たって女には見えない。そりゃ華奢は華奢で、自分の腕の中にすっぽり収まるし、内面だって、そこらの女よりよっぽど傷つきやすいところがあるけれど。

女、ではない。だから彼女というのは不適切だ。

だが、関係はしっかりあるし、それになんといってもべた惚れであるから。

――――まあ、言うなれば、「俺のもの」?

中々いい響きだな、と我ながら感心していると、顔がにやけてしまったのか、目の前の「俺のもの」が不貞腐れた顔になった。

「言ってくれれば、別れたし、応援だってしたよ。別れてくれっていうのも面倒だった?いつか噂が耳に入って、僕から切り出すのを待ってたってこと?」

先輩刑事が勢いよく話すので、よく分からないままに話を遮った。

「え、ちょっと待ってくださいよ!なんで別れるだとか、そんな話になってるんすか!意味わかんないっすよ。大体、言ってくれれば別れた、ってなんすか!俺のこと、その程度にしか想ってくれてなかったんすか。そりゃないっすよ!せめて泣いて縋ってくださいよ、そんな時は。好きで好きで堪らないから、別れたくないって言ってくださいよ!」

別れるだなんてそんな時は未来永劫、来る気がしないが、だからこそ、妄想しがいがあるというものだ。

亀ちゃん、亀ちゃんと泣いて縋って欲しい。嫌だ、嫌だ、も捨てがたい。どっちも欲しいな。先輩面なんて振り払って、益田龍一、一個人として、想いをさらけだして欲しい。

つまるところ、普段からもう少し愛情表現豊かになってもらいたいのだ、欲を言うと。

こんなことを考えていたら、話がうっかり逸れた。別れ話を肯定するような話になってしまった。

「……なんだよ、それ。言えば彼女とは別れて戻ってきてくれるだとか、そんな訳でもない癖に。どこまで僕を惨めにすれば満足なんだよ!」

一重瞼の切れ長の目にうっすらと滲んだ液体に狼狽えてしまう。でも、可愛い。これ俺の為だよな?

…なんて考えている場合じゃない。

「え!?え!?いや、だから、彼女って何の話っすか?」
「こないだ共同風呂で言ってたんだろ!?寮中の噂だよ!僕だって今朝、食堂で聞いた!なんだっけ?可愛くて?身体も最高で?」
「あ〜、あれっ!」

つい最近、湯船で軽い言い合いになったことを思い出した。あの吹っかけてきた馬鹿が言いふらしたのか、それとも周囲が聞いていたのか。

益田が目に見えてしゅんとなった。それでも先輩として年上としての意地を限界まで使う気のようだった。ぐっと睨んでくる。その珍しい視線にくらっとくる。

「…ほら、心当たりあるんじゃないか」
「確かに心当たりありますけど、謝りませんよ、俺」
「あぁ、そう」
「だってそれ益田さんのことっすもん」
「は?」
「人が気持ちよく風呂に浸かってるとこで、隣で煩く自分の女の自慢されて、腹立って言い返してやったんすよ。俺の相手のが、絶対可愛いって。身体のことは、その、そっからどこまで何をしてもらったかの自慢対決になってって、結果的に…」
「はあっ!?」

益田の目が見開かれる。

信じられない、と言いたげな目を一切恥じることなく見返した。

男の意地の張り合いなんてこんなもんだって分かってるでしょ、益田さんだって男なんだし。先輩だし。と、普段はされると嫌な後輩としての立場を堂々と利用した。たまには役に立て。

それになにより、嘘は言ってない。あいつの方は絶対に嘘が混じっていたけれど。馬鹿野郎が。負けるか、この野郎。

「俺らはまだまだ、お熱い仲です」
「好きなだけ言ってなよ、独りで」

また一見冷めた瞳で見てくる。

でも、それが作ったものであることくらい分かる。ずっと見てきたから。

安堵だとか、そんなものが溢れてる。

愛情表現は既に結構豊かだったな、と自分の欲深さを少しだけ反省した。

「で、今からどうします?あれっ、幸運なことにまわり誰もいませんね」
「ちょっと遠回しに言う亀ちゃんは亀ちゃんで変だね」

やっとへらりと笑った愛しい男を抱きしめると、素直に胸に頭を擦り付けてくる。

「……本当言うと、今朝聞いた時泣きそうになったよ」

なんとも嬉しいことを言ってくれる。

今度また言い合いを吹っかけられたら。

「それ、次言ってやりますよ!もうあいつ俺に何も言えませんよ」
「そういう話じゃないから」

少し呆れた声が返ってくる。

後輩返上までの道のりは、まだまだ遠いらしい。



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タイトルは「カカリア」様からお借りしました。




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