きみに侵食されていく
「やぁ、益田ちゃん。久し振り」
司は軽く手を挙げ、へらりと笑った。
帰国して3日目の真夜中。数回扉を叩いて起きなきゃ諦めようと軽い気持ちで訪れた益田の部屋は、予想を良い方に大きく外して部屋に電気が点いており、もしやと扉を叩けばすぐに開いた。出迎えてくれた益田の服も夜着ではなく、仕事着のままだ。
「どうしたの、浮気調査中?」
「…えぇ、さっき帰ってきたばっかりで」
それだけ言って部屋の中に戻っていく益田を追って司も部屋へと入る。そのまま、いつも片付いているその部屋の中央に置かれた卓袱台の上の書類を片付け始めた益田に近付き、隣に座り込んだ。
「はい、これお土産」
「……ありがとうございます」
司が手渡した袋を受け取る益田の手は覇気がなかったけれど、いつものことであったので気にしない。ただ帰ってきたことだけを喜んでくれるところも気に入っていた。
だが、今日はそのいつもの笑顔がない。
「本っ当に、久し振りですね」
笑顔どころか、むすりとした表情で言葉が返ってくる。
「ご機嫌斜めにしちゃって、どしたのさ。可愛い顔が台無しだよぉ?」
構わず抱き寄せて口づけようとすれば、身を固くされた。不思議に思って、まじまじと見れば、ひどく思い詰めた表情をしている。
「どうしたの?」
抱いていた腕をとき、卓袱台に頬杖をついて問いかけても、何も言おうとせずに唇を噛みしめている益田を上向かせて見据えた。
「言ってごらん。何か言いたいことがあるんでしょ?」
ほらほら、言わなきゃ襲っちゃうよ、と言いながら司がネクタイを引き抜くと益田が慌てた。
「ちょっ…!こっちが怒ってるんですよ!?なんで僕が脅迫されてるんですか!」
「んー、なんでだろうねぇ」
笑ってかわし、シャツのボタンを外していく。上から3つ外したところで、司の手を掴んでいた益田の手に力が漸くこもる。やっと思考がまとまったらしい。
「言いますよ、言いますから!」
そう言ったが良いが、益田はまだ迷うように眉根を寄せるので、だめ押しとばかりに司は言葉を重ねた。
「あちゃー、言っちゃうんだぁ。襲いたかったのに」
挑発すると、益田の目がぐっときつくなった。そして思惑どおりに勢いよく話し始める。本人はきっと気づいていないが、喧嘩を嫌う性質のわりに挑発には弱いのだ。
「東南亜細亜から帰ってきたの、一昨日なんでしょ!?聞きましたよ、木場さんと一緒に飲んだって。そりゃ、友達と飲むのは楽しいでしょうし、仕事が忙しいのだって分かってます。でもっ…でもね」
薄い唇が戦慄く。
「日本に帰ってきたなら電話の一本くらいくれたって良いじゃないですか。事務所には榎木津さんだっているし、榎木津さんへの電話のついでだって良いんです。なんで人づてに聞かなきゃいけないんですか。司さんにとって、僕はなんなんですか!」
来る日も来る日も考えていたような、内情をさらけ出す言葉が司の胸に迫る。
言葉とともに涙が溢れて伝う益田の頬に手をかけた。
「ごめん、益田ちゃん」
「…なんですか。嫉妬ばっかりしてる僕なんて嫌いになったでしょう?だから言いたくなかったのに…」
「いやいや、そうじゃなくてさ。言ってくれたけど、やっぱり襲うよ」
「は!?」
伏せていた顔をあげて、目を見開く益田をそのまま押し倒す。
詐欺だ!と叫ぶ口を唇で塞いだ。
*****
「んっ、…あぁ、あぁぁ!」
律動を繰り返す司に合わせて益田の身体が、がくがく揺れる。
後ろから抱いているせいで、顔がよく見えない。抱き上げて顔を覗き込むと、快楽で焦点の定まらない瞳が、なんとか司を見返してくる。
忙しない呼吸を続ける益田の唇が“司さん”と形づくるのが見えた。突如、所有欲に駆られて、首筋に吸いつき痕をつける。
「出すよ、益田ちゃん」
無我夢中でこくこくと頷く益田を再度突き上げ、同時に益田の前も上下に扱くと悲鳴交じりの嬌声があがり、司をさらに高ぶらせていく。
律動を早めて、細い身体を掻き抱いた。熱い肉を穿ち、最奥まで貫く快感に溺れそうになる。益田が達してからすぐに司も熱を放出した。
そのままぐったりと隣で横たわり、言葉を発しない益田の髪を撫でていると、行為の直前の問いに答えることを思い付いた。
益田の肩をちょんとつついて、視線を合わせる。
「ま、基本的に鬱陶しいよね。嫉妬とか束縛なんかさぁ。僕という男をなんだと思ってるんだろうねぇ」
わざと冷たい声を出すと、それを聞いた益田が苦し気に吐息を震わせた。
それでも瞳は、動揺など見せてたまるものかと言いたげに、視線を逸らさずじっと見てくる。
―――強情なんだか、素直なんだか。
隠しきれていないのが、なんとも言えない。
急に笑いがこみ上げてくる。その笑いと一緒にこみ上げきた感情の名前は知ってはいたけれど、こんなに強く実感したのは初めてかもしれない。
「でもさ…」
一度言葉を切る。
今、司だけを映している二つの黒い瞳が揺れる。その瞳に心が浮き立つなんて、どうしたことだろう。
「益田ちゃんの嫉妬なら大歓迎だよ」
言い聞かせるようにそう言うと、益田が目を瞬かせた後、くるりと背中を向けてしまう。
「……どうせ誰にでもそんなこと言ってるんでしょ。その手口で何人泣かせたんだか。あー、やだやだ」
益田の耳が赤く染まっているのが見える。
「ほぉら、顔見せてよ、顔」
真っ赤に染まった顔も見たくなって、腕を掴んで振り向かせた。
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タイトルは
彼女の為に泣いた様からお借りしました。
前サイトでのリクエスト、「司益」。ちょっと加筆。
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