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不透明なポルカ(鳥益)

約束は9時。現在時刻は8時55分。


「青木さん、今日は遅刻せずに来るかな?」

腕時計を見ながら考えていたことをピタリと言い当てられたことに驚きながら、益田は飲み屋のカウンター座席の隣に座る鳥口の方を見た。

いつもと変わらぬ温かい笑みが、いつも以上に近くにあって緊張する。

「どうでしょうね」

出来るだけ早く来て欲しいが。三人で過ごす方が楽だ。圧倒的に。

好意を寄せている人間と二人きりなんて挙動不審になりそうで、というか今現在既になっていて、困る。

普段はカウンター座席になんて座らないのに、今日はこっちに座ろうよ、と言われるままに座ってしまった。

安い飲み屋のその場所は、思っていた以上に間隔が狭く、腕なんて当たってしまいそうで、ソワソワしてしまう。しかも鳥口は人の機微に聡いから、こんな状態だと気づかれてしまうのではと怯える心が余計にソワソワさせる。

悪循環だ。非常にまずい。


「ねぇ、益田くん」

鳥口がのんびりと話しかけてくる。

「どっちが当てられるか、賭けしない?青木さんは遅れるか、遅れないか」
「良いですけど…」

とりあえず軽く酔っておこうと頼んでおいた酒をぐっと一気に飲む。

「賭けに負けたら、何をしなきゃ駄目なんですか?今日の飲み代ってとこですか」
「負けた時のことを先に考えちゃ駄目だって。益田くんは賭け事に向いてないなぁ」

鳥口がからからと笑いながら、言葉を続ける。

「うーん、何にしようかな」
「簡単なことにしてくださいよ?」
「じゃあさ、負けたらキスっていうのはどう?簡単だし、お金もかからないし」
「…………はい?」

言われた言葉の衝撃に反応が遅れた。

キス?

キスって、接吻の同意義語の?魚の方の話ではない筈だ。負けたら鰻、負けたらマグロならまだ分かるが、あんな魚お呼びじゃない。食うけど。だが接吻なんて、もっとお呼びじゃない。

簡単なんかじゃ全然ない。

益田が頭を混乱させる中、鳥口が話を進めていく。

「負けた方が勝った方にキスをする。罰ゲームらしくて良いと思わない?あ、ちゃんと唇にだよ」
「なっ、何を言ってるんですか。飲まないうちから、もう酔ってるんですか?」

その条件は、おかしい。考えれば考えるほど、おかしい。

青木が遅れてこようが、時間に間に合おうが、キスはすることになる。自分と鳥口のどちらから仕掛けるか、という差しかない。

鳥口はこれに気づいているのだろうか。気づいていない訳がない。だって男とキスだ。普通は嫌だろう。罰ゲームとは一応言うけれど、そもそも言い出さなければ良い訳で。

まさか。

キスがしたい、という訳でもあるまいし。

そっと盗み見たつもりであったのに、すぐに目が合ってしまった。

「益田くんはどっちに賭ける?」
「…鳥口くんから先にどうぞ。僕は残り物の福に賭けます」
「それじゃ遠慮なく。青木さんが遅れる方に賭けようかな」


遠慮って何に遠慮したんだろう。いや、遠慮なく、だから、何に遠慮をしなかったのか。

青木が遅れれば、自分からキスをしなければならない。されるのは構わないというか、どちらかといえば歓迎だ。でも、自分からなんて。想像しただけで頬が熱くなる。


お願いだから、早く来てほしい。


また腕時計を見る。あと3分で約束の時間だ。勘弁してくれ。


神様、仏様、榎木津様と願っていると、店の扉が開く。

禿げた頭が見える。


青木じゃない。


万事休すかと項垂れていると、また扉の開く音がして、のろのろと顔を上げる。青木と目が合った。


すべての神(自称含め)に感謝した。


ほっとして、椅子から降りて青木に駆け寄る。

「なんだい、益田くん」
「いやぁ、青木さん。遅刻しないで来てくれて、本当にありがとうございます。助かりました。禿げた頭が見えたときは、どうなることかと」
「え?うん。君が何を言っているのか、まっったく分からないけど、どういたしまして」

すっぱりと切り捨てる言葉を寄越してくる青木が、益田の背後へと視線を向けたので、益田もその視線を追って振り向いた。

鳥口も歩いてくる。

「あともう少しだったんすけどねぇ」
「君らは何の話をしてるんだよ」
「いやぁ、ちょっと賭けを。厠行くだけなんで、飲んどいてください」
「分かった」

苦笑しながら答える青木と一緒に益田も席に戻ろうと歩を進めると、鳥口に腕を掴まれた。

「へ?」
「益田くんも、ほら」

明るい笑みに促されるまま、厠へと連れ込まれる。狭苦しい場所に男二人。鳥口の手が鍵を閉めるのを、ただ見ていた。

「な、なんですか?」

問いかけたものの、答えはなんとなく分かっていた。賭けの戦利品が待っている。


頬に添えられた掌が温かい。

場所がちょっと酷かないか、と思わないでもないけれど許容範囲だ。というより今ならすべてを許容できる気がする。お手軽なのだ。


底抜けに明るい澄んだ瞳が自分だけを映していることに、今現在舞い上がっている。






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タイトルは「カカリア」様からお借りしました。





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