(1)
はじめは遊びのつもりだったんだよね。
遊びって言うと人聞きが悪いかなぁ、えっとね、次に海外へ仕事に行くまでの間一緒に過ごす相手がちょうど欲しかったって言う方が正確かな。
あれ、そんな嫌そうな顔しないでさぁ、聞いてよ、エヅ。遡っちゃえば、エヅもちょっとは関わってるんだから。
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最初から話すとね、その日は益田ちゃんと二人で飲んでたんだ。ほら、三人で飲んでたらエヅが途中で気まぐれに帰ってちゃった日があったでしょ?あの日だよ。なんでそんな話題になったのかまでは覚えてないけど、とにかく僕は過去の女性遍歴を益田ちゃんと話してた。面白おかしくね。
そしたら益田ちゃんがひとしきり笑ったあと、言ったんだ。「そんなに経験豊富だと、自信を持って相手に接することができそうで良いですよね」って。顔は笑ってたけど、声がいつもと違っててさ。悲しそうに聞こえた。だから僕はさぁ、きっと益田ちゃんは誰かに臆病になってるんだろうなって当たりをつけて、鎌をかけてみた。
「その言い方はさ、誰か狙ってるんでしょ?言ってみなって、相談なら乗るからさ」
「えぇっ!?ね、狙ってなんかいませんて!」
「嘘が下手だねぇ、益田ちゃんは。嘘はもっと落ち着いて言わないと」
「…いや、本当に違…。……えぇ、次から嘘をつく時の参考にします」
益田ちゃんは面白いようにひっかかった。本当にびっくりしたみたいだったよ。言い逃れようとして結局やめてた。まぁ、あれだけびっくりしてたらね、そりゃ無理だよ。
「じゃあ、どんな人なのかだけでも教えてよ。美人?」
「…はいはい実はね、ってなノリで、あっさり言えてたら、そもそも悩んでませんって…」
「そんなこと言わずにさぁ。言っちゃいなよ、僕と益田ちゃんの仲じゃないか」
「どんな仲ですか、どんな」
「君が尊敬してやまない上司の大親友さ。ほぉら、信用してよさそうな気がしてきたんじゃない?」
「いや、完全に逆効果ですよ。無茶苦茶な人だってことを再確認しただけですもん」
この時僕は勝手に、益田ちゃんの好きな子は、中禅寺くんの妹御か誰かそんなとこだろうと思ってたから、何をためらってるんだろうって呆れてね、どんどん飲ませてた。今思うと悪いことしたなぁ。ま、それは置いといて、散々酔ったら益田ちゃんはやっと言ったんだ。少しだけ。
「ねぇ、益田ちゃんさぁ、百戦錬磨の僕に相談しないで誰に相談するのさ」
「……いくら司さんでも無理ですって」
「え、なんで?」
「だって…」
益田ちゃんは軽く俯いて、ぎゅうと唇を強く噛んだ。
それでね。
「だって相手は男ですから」って言って今にも泣きそうな顔をした。
その言葉を聞いた時。
あ。今なら落とせる。
そう思った。
別に男を相手にするのも初めてじゃなかったし、丁度良いことに、警察をやめてまでエヅに弟子入りしてきたという益田ちゃんには好感すら持ってた。何度か一緒に飲んで良い子だって知ってたし、よくよく見れば綺麗な顔もしてたし。まぁ、そんな弟子に手を出すのはエヅに悪いかなとはちょっと気が咎めたけど、益田ちゃんだって大人だしね、って自分に言い訳した。
「誰にも言わないでください。特に榎木津さんには。あの人、カマが嫌いですから。最近よくカマカマ言われるんで、もうとっくにお見通しなのかもしれませんけどね」
益田ちゃんは早口で軽く軽くたくさん話して、笑い話にすり替えようとしてた。一生懸命。笑い話にさえしてしまえば、涙からは逃げ切れるって強く信じてる節があるよね、あの子はさ。
「あぁ、カマを差別はしない、とも言ってました、そう言えば。カマでもクビにはされないってことなんですかね?それにしてもマスカマって酷いアダ名だと思いませんか?しかも、この後ろにオロカがつく時もあるんですよ。ほんと。本名より長いアダ名をつけてどうするんだって話…っ、で…っ」
結局涙に追い付かれて、益田ちゃんは泣いちゃった。
もう限界がきてたんだと思う。叶わないと感じる想いを、それでも諦めきれずに誰にも言わずにいたら、そうなるよ。特にさ、すぐに抱え込んじゃうでしょ、益田ちゃんはさ。馬鹿だよ。言ってくれれば良いのに。
必死で涙を拭いながら、ごめんなさい、すみませんって謝り続ける薄い唇に妙にそそられた。だから言ってみた。
「ね、じゃあさ、自信持てるように僕と少しの間、練習してみない?」
「………え?」
「男と遊んだこともあるからさ、僕。そんなに気後れしてるってことは、益田ちゃんが好きな人は、男と付き合ったことなんて無さそうな人なんでしょ?もしものために経験つんどくのも悪くないんじゃない?襲わせちゃいなよ、色仕掛けでさ。鍛えてあげるよ」
「……司さん、ふざけてるんですよね?」
「真剣そのものだよ。それに僕、益田ちゃんのこと、わりと好きだし」
「わりと、って今つける必要ありました?そこまで好きじゃないってことじゃないですか」
「いかに僕が正直者かという証明さぁ。で、どぉ?真剣だって信じてくれたの?」
「それは信じましたけど」
「けど、なに?」
泣き笑いを見せて、益田ちゃんが言った。
「それじゃ、ちょっとお願いします」
さみしがり屋は損だよね。あとで後悔するようなことも寂しさに耐えきれずにやっちゃうとこがある。だから、それにつけこむ僕みたいな奴に捕まっちゃうんだ。
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タイトルは「彼女の為に泣いた」様からお借りしました。
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