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「ただいま」
驚く程無意識に明るく響いた声は反響もせず暗闇に染まる部屋に溶けた
「ははっ…癖って凄いのな……」
幾つ言葉を紡いでも反響しないと理解している筈なのに
もしかして、と心の隅で考える自分は本当に酔狂だ
「なんで、居なくなるんだよ…名前」

約一ヶ月前
受け入れるには難しい位に突然だった
その時俺は任務で遠くにいて、戻った時は既に名前の姿はなかった
居ないことを認められなくて
この部屋に来れば名前が居る気がして
それからは駆け回るように仕事を詰め込んで、前は暇を見つけては来ていたこの部屋には戻らなかった
目覚める度に名前が居ないと感じる事に耐えられなくて眠った記憶も殆ど無かった
けど、今日でケジメをつけようと決めたんだ
名前を忘れることは多分一生出来ないけど、今日を逃せば俺は一生このままだから
それはきっと…名前が悲しむから

いつも掃除の行き届いていた廊下には薄く埃が積もっていて、そんな事ですら名前はもう居ないのだと俺に知らしめた
栞を挟んでテーブルに置かれた本、ソファに掛けられたエプロン、キッチンに置かれたお気に入りのマグカップ
其処には名前の軌跡が色濃く刻まれているのに
足りないパズルのピースみたいに名前だけが抜け落ちていた

ジャケットから小箱を出して、テレビの隣に飾られた写真の前に置く
写真の中の名前は俺と肩を並べて二人で笑っていた
「これな、今日こそ渡すつもりだったんだ…本当だぜ?……今日は名前の誕生日だから」
小箱には買ったまま渡すのを引き延ばしていた指輪が入ってる
俺と名前の名前を内側に掘った、シルバーのペアリング
「知らない子供が飛び出したの庇ったんだってな……どこまで優しいんだよ」
俺は誰にでも優しい名前が好きだった
その優しさが今を生んだとしても、それは変えようが無い事実だから
「……笑ってる俺が好きだって言ってくれたよな」
名前は笑顔の俺が好きだと言った
俺が優しい名前が好きだと言ったように
「だから、直ぐには無理かもだけど、やってみるから…名前に心配かけないように、頑張るから」
写真の俺に負けないように、ヘタクソでも精一杯の笑顔を君に向けて
「だから、見ててくれよな!!」
朝陽が差し始めた部屋の中で
君が逝ってから

初めて涙が頬を伝った



fin.



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