気付いた恋情と、覚悟
キッドに抱かれたまま、機関室から逃げ出す。
や、ばい……どうしよう、心臓がっ…このまま早く動き過ぎて止まっちゃうんじゃなかろうか。
…さっきのコナン君の言葉に深い意味は無い。
だってコナン君は…工藤君は、蘭が好きなんだから。
だから今の言葉に深い意味は勿論ないし、あったとしてもただのクラスメートで、居候で…。
なのに何でこんなに、
私はドキドキしてるの。
「……すっげー心臓の音」
『えっ、あ、かか快斗!?下ろして!』
いつの間にかキッドの姿に戻った快斗と密着する形で抱かれてるからなのか、心臓のバクバク音が聞こえてしまったらしい。
…な、何か恥ずかしいっ!
バタバタと暴れるけれど、快斗は離してくれなくて体力だけが失われていく。
「この音さ……オレが告白したからこーなってんの?」
『え…?こ、れは』
そりゃあ告白を受ければ、ドキドキする。
なのにどうして、コナン君の顔ばっかりちらつくんだろう。
おかしい、おかしいよ…私。
『……快斗のさっきの言葉はコナン君に対する当て付けでしょ?』
「………」
ため息をついた快斗が私を地面に下ろした、と同時に、
「好き」
たった2文字のその言葉が、重く心にのしかかった。
………快斗は、冗談でこの言葉を言った訳じゃない。
それが、一瞬で分かった。
ドキリ、とする。
する、けれど………彼を思う時の鼓動じゃない。
彼を思うと心がポカポカして疼いて、でもその甘い痛みが心地よくて…。
……馬鹿だ、私は。
ずいぶん前から気付いてた。
だって彼は蘭と恋人同士になる運命で、私はこの世界でのイレギュラーな存在。
交わる訳がないから…認めるのが怖かった。
…なのに、認めるしかないの…?
私は…工藤君のことが好きだって。
不器用な優しさをくれる彼が。
キラキラ笑顔を向けてくれる彼が。
悲しい時に側にいてくれる彼が。
存在の確定しない私に居場所をくれた彼が……こんなに、愛しかったなんて。
『…………あの…気持ちは、嬉しいんだけど快斗とは友達でいたい、ていうか、その』
「だよな」
『へ、』
やけにあっけらかんとしている快斗に声が裏返った。
え、えっ…結構、私も勇気出して断りの返事を言ったのにそんなに簡単で良いの!?
「だって名前ちゃん、オレが告白したってのにオレじゃない奴のこと考えてるでしょ」
『あ、あの、だから…その…ごめんなさ』
「そんなに謝んなくて良いって。フラれたからってオレ、オメーのこと諦めるつもりなんて更々ねーから」
『え?』
不敵に笑った快斗が私の頬にキスを落とす。
…キス魔か、この子は。
「ぜってー工藤君よりオレのこと、好きだって言わせてやっからなー!!」
『快斗!?』
海へダイブした快斗に驚き、船から下を見下ろすと一生懸命泳いでいる。
ハンググライダーで逃げるんじゃないの!?
『………って、ちょっと待って。何で今、工藤君って!?』
聞こうとしたけれど快斗はもう遠くへ泳いで行ってしまっていて…それは叶わなかった。
私何も言ってないのに…何で分かったの?
「名前!」
『あ……っ!』
駄目…駄目駄目駄目だっ!!
無理!!認めたらコナン君を目の前にするのが恥ずかしくなって来た!
「キッドは!?」
『…キッドなら私を置いて何処かへ逃げちゃったよ』
「ちくしょ…!」
『………』
…あぁ、ドキドキ五月蠅い。
私が私じゃないみたいで、ただ動揺しか生まれない。
悔しがるコナン君をじーっと見つめていると視線に気付いたのか私の方を見る。
「…何もされなかったか?」
『…うん、何もされてないよ』
…本当は告白されて、しかもほっぺちゅーまでされちゃったけど。
言わない方が良いと思った、だってまた手の甲にちゅーされた時みたいに軽い虐めに合うのは嫌だもん。
何もされてないという私の嘘を信じてくれたコナン君に罪悪感を覚えたけれど、良かったと安心もする。
気付いた恋心に自分でもどうしたら良いか分からないけれど、分かることは…この思いは絶対に叶わないってこと。
でも大切にしたい気持ちでもある。
…告げてはいけない気持ちは、胸の奥に眠らせた。
自分の気持ちを告げることはしないから、だからこの気持ちは消さないで……好きで、いたい。
月の光が私の覚悟を勇気付ける様に明るく光った。
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