小さな嫉妬
静かに降り立ったその怪盗紳士殿は不敵に笑みを作って此方を見下ろしている。
わ、ぁ…現実では初めて白い怪盗さんバージョンを見たけれど、やっぱり格好良い。
月を背にして立つ怪盗さんに見惚れていると、まるで私を守る様にコナン君が目の前に立った。
「よぉ、ボウズ。何やってんだ、こんな所で?」
降りて此方に近付いて来たキッドに構わず、コナン君が用意しておいたロケット花火に火を点けた。
ぴゅうううぅぅと高い音を出した花火は空へ上がっていき破裂する。
「花火!あ、ほら!ヘリコプターこっちに気付いたみたいだよ!」
米花博物館の上空を旋回していたヘリが花火に気付いたのかこっちへ来ようとしている。
それを見てキッドが口角を上げた。
「…ボウズ、ただのガキじゃねーな」
「江戸川コナン、探偵さ」
「ホー………で?其方のお嬢さんは?」
『へっ!?』
コナン君と話して終わりだと思ったのに、キッドの興味は私に向いた。
まさか私に話しかけられるとは思ってなかったから、不意打ちで声が裏返る。
コツコツと靴音を鳴らして私の前まで来たキッド。
いつもの快斗じゃないみたいだからなのか、ド…ドキドキしてきた…!
「…お名前を聞いても?」
『あ……名字名前です』
「名前嬢ですか、良い名だ。貴女とはこのような状況じゃなく、静かな夜に二人きりで逢瀬を交わしたかった」
『………そうね、貴方となら二人きりで夜を過ごしても良いわ』
「あぁっ!?」
ちゅっと私の手をとって甲に唇を落としたキッドが妖しく微笑む。
キッドなら!紳士だから襲って来たりしないだろう…た、多分。
快斗には青子ちゃんがいるのに、どうして私にそういう話をしてくるんだろう…?
んー…からかってるだけかな。
「貴女とまだ話していたいが、そうゆっくりもしていられないようだ。……オホン」
ゴソゴソと上着を漁って無線を取り出したキッドが、周波数を合わせて咳払いをした。
「あーこちら茶木だが!杯戸シティホテル屋上に怪盗キッド発見!米花、杯戸町近辺をパトロール中の全車両および米花町上空を飛行中の全ヘリ部隊に告ぐ…速やかに現場に直行し怪盗キッドを拘束せよ!」
茶木警視の声色で無線を飛ばしたキッドはもう一度、周波数をきゅるきゅると合わせて声を発する。
今度は、中森警部の声で。
「えーワシだ、中森だ!杯戸シティホテル内を警戒中の各員に告ぐ!キッドは屋上だ。総員ただちに突入、奴を取り押さえろ!」
「(こ、こいつ機械も使わずに何人もの声色を……凄い…)」
「繰り返す…」
中森警部の声で無線を繰り返しているキッドの声色を聞く。
何人もの声を機械を使わずに出すのを間近で見るとやっぱり凄いと感嘆してしまう。
「これで満足か?探偵君?」
そう言った瞬間、博物館上空を飛んでいたヘリ部隊が到着しキッドのマントがたなびく。
強い風が私とコナン君の髪をバサバサと暴れさせた。
バンッと扉を開けて来たのは銃を持っている中森警部。
その後ろからもゾロゾロと刑事や警察官が屋上に入って来る。
「これはこれは中森警部、お早いお着きで」
「フン、何を言う!ワシが貴様の予告状を解いて、此処を張ってたのを知ってたくせに…まさか東都タワーから迂回して此処に降り立つとは思ってもみなかったよ。…だが、あの真珠は諦めろ。貴様にはもう逃げ場はない」
「今夜はあなた方の出方を伺うただの下見。盗るつもりはありませんよ」
「なに!?」
「おや?ちゃんと予告状の冒頭に記した筈ですよ…April fool、嘘、ってね」
やっぱり合ってたんだ!?
この予告状は嘘だったって!
キッドのマントがハンググライダーの羽になり、飛び立つ準備をしている。
「や、奴を飛ばすな!かかれぇ!!」
中森警部の合図で全警察官がキッドを逃がすまいと飛び立たせない様に間合いを詰めるが、キッドの袖から何かが出て来た瞬間…カッ!と目が眩む強い光に周りが包まれた。
め、目がっ…!
「閃光弾!?」
「よぉボウズ、知ってるか?怪盗は鮮やかに獲物を盗みだす創造的な芸術家だが、探偵はその跡を見て難癖つける…ただの批評家に過ぎねーんだぜ?」
「なに!?」
「それでは名前嬢、次は月下の淡い光の下でお逢いしましょう」
そんな格好良いことを言ってその場からマジックの様に消えてしまったキッド。
「きっ、消えた!?」
「おいヘリ、レーダーだ!レーダーで奴を追え!……くそっ、またしても逃げられたか」
中森警部が上空のヘリにキッドを追う様に言うけれど、ヘリからはキッドが逃げたのは見えなかったらしい。
…と、いうことは…この中に紛れてる可能性もありそう。
キッドは変装術の名人だし、警察官に化けるのなんて訳ないだろう。
そんなことを思っているとヒラリと上から紙が落ちて来た。
薔薇の花が付いているそれは、キッドの嘘じゃない本物の予告状。
4月19日
横浜港から出港する
Q.セリザベス号船上にて
本物の漆黒の星を
いただきに参上する
怪盗キッド
4月19日…Q.セリザベス号…。
あの後、中森警部達から此処にいる理由を聞かれたりして結局帰るのは深夜1時近くになってしまった。
子供だけで帰すにはいかないと心優しい警察官がパトカーを出してくれてコナン君と一緒に後部座席に座っている。
「……名前ねーちゃん、手貸して」
『え?手?良いけど…』
警察官がいるからなのか一応、小学生と偽らなきゃと思っているのかコナン君は私を名前ねーちゃんと呼ぶ。
何だか機嫌の悪そうなコナン君に手を差し出すと、小さな手でぎゅっと握られた。
えっ…え、な、何!?
急にどうしたと言うんだコナン君!?
『いぃっ!?いたたたたっちょ、ちょっと痛いよコナン君!?』
「うるさい黙れ」
ちょっと!!さっき私のことねーちゃんとか呼んで可愛らしく言ってたのに突然ドSが御降臨なされましたけど、どういうことなの!?
私の手の甲に恨みでもあるのかゴシゴシと服の袖で擦っているコナン君の眉間には深い皺が刻まれている。
赤くなるまでされた摩擦の所為で手の甲が何だかヒリヒリと痛い。
満足したのか私の手を離したコナン君はその後、一言も言わずに車内から窓の外を見ていた。
………何なのさっ!
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