関西組の痴話喧嘩
『らんららっらららー、ほっ!』
フライパンの中に入っている炒飯が宙を舞う。
ジュージューという音に美味しそうな匂いが鼻孔を擽る。
空腹を刺激するその匂いに素直な私のお腹は音を発した。
鼻歌を歌っていると、携帯が鳴ったから炒飯を皿に盛り付けてからリビングへ戻った。
着信だったその相手はついこの間知り合った人の名前。
『はい、もしも』
〈お前、何でトリップして来たなんちゅう重要なことをはよ言わんねん!?〉
キーンと耳鳴りが襲って来る。
電話口でおっそろしい声量で言われた平次の声に携帯電話を耳元から離した。
……おぉ…耳がっ。
一言文句を言ってやろうか!と思うけれど、平次が言っている内容を頭の中でちゃんと認識すると私も悪いと思い止めた。
平次がこんな電話をかけてくるってことは…コナン君の正体がバレた上に、私が異世界から来たって彼が話してくれたんだな。
『えーっと…面倒くさかった、から?』
〈アホかっ!工藤から全部聞かしてもろたわ!〉
『…すみません』
〈…ほんで?ほんまにこの世界のこと知ってるんか?〉
『……』
平次の質問に私はさっと答えることが出来なかった。
知っている、と聞かれれば私は知っていると答えることが出来る。
でもそれが曖昧になったことも分かってしまった。
コナン君がメインで関わって来る登場人物は覚えているけど。
例えばまだ登場して来ていない哀ちゃんだとか、刑事さん達だとか。
だけど事件の内容はとても曖昧で、忘れてしまっている。
……染まりすぎたのかな、この世界に。
『…うん。でも工藤君に関わって来る人は覚えてるけど、これから起こる事件のことは、あんまり覚えてない』
思い出そうとはするんだけど、それを邪魔する様にズキンと頭が痛くなる。
忘れてしまった、ということは自分がどういう位置にいれば余り原作を壊さずに済むか考えることが出来なくなったということで。
つい出てしまった溜め息が平次にも聞こえたのか、平次が静かになった。
〈そーか、何や急にすまんな〉
『いーえ、会った時に言わなかった私も悪いしね』
かちゃかちゃと作った炒飯とスプーンをテーブルに置いて座る。
まだ湯気が出ている炒飯を食べることは出来ないから、空いている右手でスプーンを手で玩んだ。
〈あ、そういえば何でお前、工藤のことな〉
〈平次ぃ!!〉
〈お、わっ!?〉
『…?』
何だかとっても重要なことを言おうとした平次の言葉は女の子の声にかき消された。
し、しかもこの声ってまさか…!?
〈おま、急に部屋ん中入ってくんなや!〉
〈何度も呼んだのに返事せぇへん平次が悪いんやろ!〉
〈ちっさい声で気付かんかったわ。部屋に来たら来たでキンキンうるさい声で喚きおって〉
〈何やてぇ!?〉
『………おーい……もしもーし?』
うん、名前聞かなくても分かる。
和葉ちゃんだね、平次の幼馴染みの。
私の存在なんて空気と化したのか、平次と和葉ちゃんの痴話喧嘩をひたすら聞き続ける。
その時間、約5分くらい?
…良くそんなにノンストップで喧嘩し続けられるなぁと感心。
完全に忘れられて切ってしまおうかと思ったけど、聞いてるのも楽しくって2人の喧嘩をBGMに炒飯を食べていた。
〈名前?〉
『んむ?』
喧嘩していたと思ったら急に名前を呼ばれて、口の中いっぱいに炒飯を詰め込んでいたからなのか変な声が出た。
〈……何ちゅー声出してんねん〉
『はーはんはべて……んっ、炒飯食べてるの』
子供か!と平次に笑われてしまって一人でむくれた。
私の存在を思い出してくれたから食べるのを止める。
『今度は和葉ちゃん紹介してね!』
〈あ?和葉か?ほんなら今度、大阪来ぃや!紹介も兼ねて大阪案内したんで!〉
〈…誰と話してんの?〉
〈あぁ、工藤の女や〉
『違うってば!!』
まだ勘違いしている平次に大きな声で反論する。
人の話を聞かない子だな、この子は!?
平次と大阪見物も兼ねた和葉を紹介してもらう約束をして電話を切った。
その際、ちゃっかり工藤もなー!なんて言っていたからやっぱり平次は工藤君のことが好きだなーなんて思う。
…工藤君の探偵力を見る為に大阪からはるばる東京まで来るくらいだから、相当好きなんだろう。
感心しながら冷めきってしまった炒飯を口に運ぶ。
皿の横に置いた携帯電話がまた着信音を告げた。
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