君のキラキラ笑顔
しんと静寂に包まれた工藤邸にいる私。だだっ広いリビングのソファに体育座りして少し縮んだ気がする自分の足の間に顔を埋めている様は何て滑稽なんだろう。
ぐるぐると堂々巡りする思考に終わりは無くて、左を見ても右を見ても自分の知らない空間に変わりはない。
着ている服もいつも着ていた服ではないし、匂いも自分のではなく工藤君のものだ。
一人になって告げられる現実に目頭が熱くなってきたような気がした。
自分は非日常を望んでいた筈じゃないか。
他の人とは違う人生を楽しみたいと思っていた筈じゃないか。
憧れていた、渇望していた非日常に触れているのに…どうしてこんなに寂しくて、悲しいんだろう。
『………っ』
頭の中に浮かんだのは両親や妹に友人、同僚や上司。私の身近にいた繋がりだった。
まだ希望はある。工藤君が警察の方に頼んで私の事を調べてもらって……、
もし、………もし、本当に私の存在がこの世界に無かったら?
それが普通なんだけど…だってこの世界に“名字名前”なんて人間はいなかったと思う。探せば同姓同名はいたかもしれないけど。
依頼したくせに…結果を聞くのが怖くなってきてしまった。あの時の浮かれていた自分を殴りたい。
『……お父さん…お母さん』
急にいなくなって心配かけてるよね。捜索願とか出されてたらどうしよう。出されてなかったとしても寂しいものがあるけど。
そういえば仕事が忙しくて最近、二人には会ってなかったな………どうしよう、涙が止まらなくなってきた。
「名字さん?」
『!?…くど、く』
パチリと点いた電気と一緒に工藤君の声が聞こえて驚いて顔を上げる。
涙で滲んで工藤君の顔がよく分からないけど、驚いたような顔をしている気がした。
「……」
『あっ………えっと…これは、』
なんて所を見られてしまったんだ…恥ずかし過ぎる。みっともなく泣いていたなんて高校生の子に見られたくなかった。
驚きと焦りで涙は引っ込んだけど電気が点いている所為で目が赤い事はバレバレだろうし、鼻も赤い様な気がする。ズルズルとだらしなく鼻水が出てるから。
顔を背けていると工藤君がリビングを出て行ったのを感じた。……そりゃそうか。何も期待していないと言えば嘘になるけど、一言くらいかけてくれても…本当に惨めだ。
『え…?』
ボスっと私の隣のソファに勢い良く体重がかかって其方に視線をやると、工藤君が分厚い小説を持って座っていた。
『何、してるの…?』
「……読みかけの推理小説の続きが気になるから読んでるんですよ」
『うん……何で、ここで?工藤君、集中して読みたいんじゃ…』
わざわざ私の隣に来て、鼻ズルズルしてる奴の隣で読まなくても良いんじゃないかな。
パラパラと読んでいた本を勢いよく閉じて、何故か顔を赤くしている工藤君が私を真正面から見つめて来て目が合う。
「…警部にはまだ聞いてねーんだし、泣くのはまだ早いんじゃないですか?不安も確かにあると思いますけど……俺もいるんだし」
『………っ!!』
止まっていた涙がまた溢れ出す。膝を抱えてきつく閉じた瞼に、今見た工藤君の笑った顔が映った。
その後はパラパラと工藤君が小説を捲る音と私の鼻を啜る音だけが部屋に響き続ける。
一定したリズムに安心して私はいつの間にか眠りについてしまっていた。
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