運命の人 | ナノ


始まる君の物語



「新一ーいるのー?もー、帰ってるんなら電話ぐらい出なさいよー!!」

『…そういえば、蘭がこっちに向かってるって言うの…忘れてた』

「ば、バーロー!そういうことはもっと早く言え!」

「いかん!早く隠れろ!!」

『こっち!』



優作さんが使っていたデスクに工藤君を隠して蘭が部屋の扉を開けた。
蘭…ちょっと服濡れてるけど大丈夫かな。風邪引かない様にタオル持ってこよ…。



「あら、名前に阿笠博士……名前、風邪はもう良いの?」

『ん、平気だよ。蘭こそ濡れてるから風邪引いちゃうよ、タオル持って来るから待ってて』

「ちょっと待って!」

『え…ひゃ!なに?』


蘭の横を抜けてタオルを取って来ようとした私の腕が掴まれる。
近付いた蘭の距離と、額に当てられた冷たい手に驚いてしまった。


「ほら、何処が平気なのよ!凄い熱い…熱は測った?」

『えっと……38.4℃です、はい』

「はぁ!?」
「はっ!?オメー、そんな体で何やって…」

「え?」



お母さんかと思うくらいの蘭に冷や汗を流していたらデスクの方に隠していた工藤君が声を出した。
……何をやってるんですか君はっ!



「誰?そこにいるの…?」

「い、いやこの子はその…」

『……馬鹿』



そう呟いて、もう成り行きを見守るしかないなと思い目の前で行われる原作を見学することにした。
来るんだね、名場面が。
この図書館に置かれている数々の推理小説の中の、2冊。
その2冊によって決まる君の名前、君の物語が始まる。




「コナン!ぼ、僕の名前は、江戸川コナンだ!!!」


ほう…と感動してしまった。
この名場面が目の前で見れるなんて考えもしなかった。
そもそも、トリップすることから予想もしなかったけど。
願望を抱いたことはあっても、現実に起こるとは思ってなかったからなぁ…。

感動したと同時に、私だけ、切り離された感覚に陥った。
まるで夢でも見ている様な、トリップして来て暫くずっと感じていた地に足が着いていない感覚。
それが、蘇る。



「おお、そうじゃ蘭君!すまんが少しの間、この子を君の家で預かってくれんか?」

「え?」

「いやー、この子の親が事故で入院したんでワシが世話を頼まれとったんじゃが、ワシも一人暮らしで何かと大変なんじゃ」

「良いけど、お父さんに相談してみないと…」

「おー、そーかそーか!引き受けてくれるか!」

「バカヤロ!!そんなことしたら、蘭に俺の正体が……それに、そうしたら、」

『…?』



工藤君が私の方を見て何かを言いたそうにしている。
どうしたんだろう?何が言いたいの?

小首を傾げている間、ヒソヒソ声で話し合っている工藤君と博士を見つめる。
……始まっちゃった、原作。
これから、私はどう行動すれば良いのか、もう一度しっかりと考えなきゃいけない。



「僕、ねーちゃん家がいー!」


…しっかし可愛いなぁコナン君はっ!!
語尾にハートが付いている様な気がするのは気の所為じゃないと思う。



「じゃあ名前、私行くね?新一が帰って来たらまた連絡ちょうだい。ちゃんと寝るのよ!」

『うん、分かった。心配かけてごめんね』

「今からはワシがついとるから大丈夫じゃよ」

「オジちゃん、名前、ねーちゃんバイバイー!!」

『バイバイ!』



…今、名前って言いかけたでしょ。
そう言ってやりたいけど、蘭と手を繋いで可愛く手を振る工藤君…もといコナン君にそんなことを言える訳も無く、私も手を振って見送った。


忙しく、そして長かった一日は終わろうとしていた。

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