一話の始まり
『おっしゃあ!いけぇーそこだー!!』
「相手怖がってるわよー!たたみかけろー!」
『そこで蹴りを一発!』
『「やったあぁっ!!」』
大興奮の蘭の都大会の映像が蘇る。
あの時の蘭、凄く格好良くて惚れてしまいそうだった。
相手を倒した瞬間、園子と抱き合って一緒に飛び跳ねて喜んだのはつい最近。
春休みもあっという間に過ぎて、私は高校二年生にあがった。
クラス替えの結果、まさかの工藤君・蘭・園子と同じ2−B組になり万々歳。神様は私を見捨てていなかったらしい。
名探偵工藤新一君は連日、警察に引っ張りダコで新聞の一面を飾る事も増えた。
そんな高校生探偵と有名な工藤君と学校までの道のりを下校している。
隣には“高校生探偵また事件解決!!その名は工藤新一”と書かれた見出しで、自分の写真が掲載されている新聞を読みながら歩いている本人様。
「フフフ…フッフッフ…」
『……』
歩きながら笑っている工藤君を横目で見る。…大丈夫なのかこの子は。
いや、有希子さんと一緒で目立ちたがりだからこんな風に世間から騒がれるのは嬉しい事この上ないと思うけれど。
「ねえねえ、聞いたー?あの高校生探偵、またお手柄なんだってー!」
〈まさに彼こそ、日本警察の救世主といえましょー!!〉
「ハッハッハ!!」
流石にこんな道のど真ん中で高笑いされるのは嫌です!隣にいる私の身にもなって!
それに何だか頭も痛いし…どうしたんだろう、風邪かな?
頭を押さえる私の横からバフッという音が聞こえてそちらに目をやる。
「バッカみたい…ヘラヘラしちゃって」
『蘭』
「なに怒ってんだよ、蘭?」
「別にー。新一が活躍してるせいで、私のお父さんの仕事が減ってるからって…怒ってなんかいませんよー!!」
ぼんやりと思い出す元の世界で見た知識。
これは…第一話だよね。
最近……原作の記憶が本当に曖昧になってきている事に気付いてしまった。
そりゃあハマってた時は何時間もかけて漫画もアニメも見てたけど、それも何年も昔の話。
記憶に残っている場面とかは覚えているけれど細部までは覚えていないのが現実。
あっという間に時間が過ぎて、あっという間に始まってしまった原作に頭が痛くなって来た。
…それが原因かな?この頭痛って。
「名前も明日行くよねっ!トロピカルランド!」
『え?』
「…何か顔色悪くない?」
『そんな事ないよ!で…トロピカルランドって?』
蘭に悟られない様にいつもの笑顔を浮かべて笑った。
大丈夫大丈夫、気付かれてない。
「明日、新一が都大会に優勝したお祝いにトロピカルランドに連れて行ってくれるんだって!しかも新一の奢り!」
『蘭と新一だけで行って来なよ?』
「え…どうして?名前も行こうよ」
どうしてって奥さん……というかその瞳は止めませんか。可愛くて悶え死にそう。
そんな可愛い子犬の目をした蘭を断れる訳も無く、私は頷くしかなかった。
蘭と明日10時にトロピカルランド現地集合だと約束して家に帰って来た。
『今からご飯作るから待っててね』
「いや、こっち向け」
『へ?』
キッチンへ行こうとした足を止めて振り返れば近付いて来る工藤君の顔。
ちょ、ちょっ…なになに!?お、襲われる!?
『だっ…駄目!……ふぇ?』
合わさるかと思った唇は合わず、合ったのは私の額と工藤君の額。
な、何をしているんだい!?
近い距離にドキドキしてしまって顔は熱くなるし体は熱くなるし頭は痛いし。
「かんっぺき風邪だな」
『……ん?違うよ?』
「オメー顔赤くなってるし、熱もあるぜ」
…顔が赤くなってる要因は工藤君の所為もある気がする。
自分でも額を手の甲で触ってみれば、工藤君の言う様に確かに熱かった。
「取り敢えずベッド行って寝とけよ」
『大丈夫だって。工藤君、お腹減ってるでしょう?』
「俺は大丈夫だから。一日くらいカップ麺でも死にゃーしねーよ」
『でも…』
譲らない私を工藤君も自分の意見を押し通す様にじーっと見つめてくる。
負けたくない………でも、負けそう。
だって工藤君ビックリするくらい強く見てくるんだもん!
ま、負けるもんか!
『じゃあ簡単な物にして、作ったらすぐにベッドに行くからそれで良い?洗い物とお風呂は工藤君に任せるから』
「……すぐだからな?」
『了解です。それじゃあ、すぐ作るね』
不本意そうな顔を止めない工藤君に苦笑を漏らしてキッチンへ向かった。
早く作ってすぐにベッドへ行こう。
ちょっと…本当に調子が悪くなってきたから。
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