絶対に忘れたくない思い出
望遠鏡の狭い視界から遠くを見つめる。
まだ行っていないアトラクションを眺めた。あ、次はあそこに行きたいっ!あっ…!あそこに見えるのはまさか…トロピカルランドのマスコットキャラクター……トロッピー!!触りたい!
『工藤君!トロッピーがいるよ!』
返事が返って来ない事に疑問を抱いた私は、さっきまで隣にいただろう工藤君を見る為に望遠鏡から目を離した。
しかし彼は居なくて、隣の望遠鏡をイチャイチャと見ている仲睦まじいカップルしか居なかった。
まったく…トロッピーを工藤君にも見せたかったのに!
『もー…工藤君ってば子供なんだから……うひゃ!?』
「だーれが子供だって?」
子供みたいにフラフラと何処かへ行ってしまったんだろうなぁ、なんて思っていた瞬間に頬に冷たさを感じて飛び退く。
あらら……今の言葉を聞かれていた所為で顔が怒ってらっしゃる。
呆れているのか怒っているのか分からないけれど、工藤君の手に握られているのはさっき私の頬に当たったであろう缶コーラ。
「…ったく、ほら。喉乾いたろ?」
『わ、ありがとー!』
季節は冬だけど体は凄く暑かった。走り回ってたしアトラクションに乗ってる時にキャーキャー言っていたから、冷たい飲み物は有り難い。
「うわっいけね!もうこんな時間だ!」
『うぇ!?ちょ、どうしたの?』
開けようとしたコーラを飲む事は叶わず、違う方の手を握られた。何なんだ一体!?
工藤君はしきりに時計を確認しながら走り続けている。私は工藤君に手を繋がれたまま着いて行くだけ。
コンパスの差なのか彼に着いて行くだけでゼーハーしてしまっている私は歳なのだろうか…私、今は高校生の筈なんだけどなぁ。
というか、本当にどうしたんだろう?何処か行きたい場所があったのかな?
「よーし、間に合った」
『どうしたの?』
目的地に着いたのか工藤君が止まった事で私も足を止める。
周りを見ると水が流れている広場に来たみたい。
「良いから。10、9、8…」
『え…?』
時計を見ながらカウントダウンを開始しだした。その見た事のある行動に私は目が点になってしまう。
平面世界で行われていた事がこうして目の前で実際に起こると、やっぱりビックリする。
でも今、工藤君の前に立っているのは蘭じゃなくて私。
立体世界である三次元でこれを目の当たりにするなんて…とても感動的なのと同時にその相手が蘭じゃない現実に不安も覚えた。
考えている間も工藤君のカウントダウンは止まない。
「5、4、3、2、1!!」
工藤君の1!の言葉と同時に私達の周りから勢い良く水が噴き出していって、一番中心にいた私と工藤君を囲む。
中心から見ている景色は凄く幻想的だった。
夕方近くだったお陰で夕焼けのオレンジ色が水と反射してキラキラと光っている。
『うわぁ…!』
純粋に素敵だと思った。不安が頭の隅に追いやられてしまうくらいには。
「…フッ、やっぱオメーはそうやって馬鹿みてーに笑ってた方がらしい」
『うん!?馬鹿っ!?』
ニヒルに笑ったと思ったら何を言いやがりましたかこの子は!?
え、その言葉は励まされているの?貶されているの?
「母さんも言ってただろ?泣く事、我慢しなくていーって」
『……』
「名前が笑顔も泣き顔も見せられる場所に俺がなってやっから、これからは我慢すんな」
とくん、と心臓が小さく跳ねる。
まるで何かの始まりを告げるかのように。
この水の壁が無くなるまでで良いから…少しだけ、夢を見させて。
額を工藤君の肩に当てた。
じんわりとそこから熱が広がっていき、心がぽかぽかする。
『…ありがと…工藤君』
「…おー」
自分の事、まだまだ分からないけど…有希子さんや優作さんがいるなら、蘭や園子がいるなら……工藤君がいるなら。
もう少しだけこの世界で生きてみるのも悪くないと思えた。
「んじゃ、飲もうぜ」
『うん…ぎゃ!?』
ぷしゅという炭酸飲料特有の音は聞こえなく、ぶしゃあ!!という音と共に中に入っていたコーラが噴き出して顔にかかった。
……うん、分かってた、分かってたけど開けちゃったんだもの!
『…ふはっ!!あっはははは!工藤君おっかしー!』
「……うっせーなぁ…オメーも可笑しいっつの!」
『ふふ……だって…くくっ』
「…我慢するくらいなら笑えよ!」
『あはははははっ!!』
「笑い過ぎだ!」
お腹を抱えて笑ったのなんかこの世界に来て初めてかもしれない。
初めて乗ったトロピカルランドのアトラクションも、幻想的に光った水も、工藤君の言ってくれた言葉も笑顔も、コーラを被ってべたべたになった髪も…ここであった事を私は忘れない。
思い出せない記憶よりも…これから出来るだろう思い出を大切にしようかな、なんて前向きに考える事が出来た。
それと一緒に心に抱えてしまった異変を隠しながら。
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