我慢しないで
あからさま過ぎただろうか。
でも…久し振りの一家が揃ったんだから、親子水入らずで過ごしたいでしょう。
他人の私がそう簡単に入り込んでいいものじゃない。
キッチンへ行き、工藤家専用の高級なコーヒーメーカーでコーヒーを淹れる。
コーヒー豆が挽かれて良い香りがしてきて少しだけ心が落ち着いた。
「名前ちゃんも飲むでしょう?」
『有希子さん。いえ、私は…有希子さん達の団欒を邪魔する訳にはいかないので』
いつの間に来たのやら有希子さんが4つのカップを手に微笑んでいる。
好意を無駄にしたくはないけど、そう言おうとするけれど有希子さんの人差し指が私の唇に付いて声を発するのを止められてしまった。
「貴方はもう工藤家の一員よ?貴方が元の世界に帰れるまで、私達が名前ちゃんの家族」
有希子さんの言葉に驚いて見上げるとまた綺麗な笑顔で笑っている。
ちらりと横に視線を移動させるとソファの向こう側で工藤さんも笑っていた。
……何もかも、お見通しって事かな。
『有希子さん……私…っ私!』
「泣く事を我慢しなくて良いのよ」
飛び込んだ有希子さんの胸の中は温かくて安心した。
わんわんと泣き崩れた私は子供みたいで心の中で笑う。
でも……昨日まで周りが見えなくて怖かった暗闇も、地に足が着いていない不安定な自分の存在も、工藤家という光に照らし出されて救われた気がした。
泣き疲れて眠ってしまうまで私は有希子さんに抱き着く事を止めなかったらしい。
起きて誰かの顔を見るなんて何年振りだろう。
『おはようございます…有希子さん』
あんなに嫌だった変わらない天井と部屋がキラキラして見えた。
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