破られたKEEP OUT
二人に手を振ってから自分の教室に向かうフリをして、屋上へ続く踊り場を通って階段まで走った。
………きっつい。ハァハァと両肩を揺らしてから座り込む。
心臓がバクバクといっていて、それしか聞こえない。
『あぁ…もう……』
体育座りをして顔を埋める。これは…一限目は出れないな。
キンコンカンコンと授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響く。途端にさっきまで遠くで聞こえていた生徒の声も無くなった。
「こんな所で何やってんだよ」
『……その台詞、そっくりそのままお返しするわ。ちゃんと授業に出なきゃ駄目じゃん』
「一限くらい休んだってどうって事ねーよ」
『……不良』
「転校2日目にしてサボる女には言われたくねー言葉だな」
何で君はいっつも私が泣きそうな時に側に来るんだろう?エスパー?
工藤君がエスパーなんじゃないかって最近本当に思って来た。
「…登校してきた瞬間に色々と質問攻めにあった」
『それは……ご苦労様です』
「オメーと俺が付き合ってるだの、婚約しててもう同棲してるだの、そんな質問ばっか」
…工藤君がこんな状況だって事は、私も次の時間こうなるのね。
教室にすら行きたくなくなってきたけれど、この時間が終わったら行かなきゃいけない事実に心の中で溜め息をついた。
「……蘭と園子に言ったんだろ?本当の事」
『…ん。この世界の設定だけどね』
この世界での事実が重く圧し掛かっていた。
自分で思ってるより、私は強くないらしい。
……弱い所なんて見せたくないのに、工藤君はあの時みたいに辛いと側にいてくれる。
「まだまだ信じられないと思う事実で、言葉にするのが怖かった。でも……言ったからこんな風にこんな所で座ってんだろ」
『……』
工藤君が探偵だって事が憎らしい。だから私が考えている事を読まれているんだ。
いや、工藤君が探偵として事件を推理している所を見たい気もするけど。
原作で蘭が言ってたみたいにキラキラしてるんだろう。
でも…今はその探偵工藤を求めていない。
「年上だって事を抜きにしたって、オメーは自分が思うよりメンタル面は弱いと思うぜ」
……工藤君が仰る通り、私はこの世界に来て弱くなったと思う。
自分の境遇も元の世界と随分と違うし、親族が亡くなるなんて事をまだ経験した事が無かった私には重い現実だったのかもしれない。
私にそんな家族が亡くなった記憶は無くて、けれど突き付けられた現実は変わる事は無くて否定すらさせてくれなかった。
それに…工藤君がいるから、っていうのもあるのかもしれない。
そりゃあ21歳だし、それなりに生きてるんだから彼氏の一人や二人はいた。彼氏の前でも、友達の前でも泣き顔を晒したり弱い所は極力見せない様にしていたのに。
見えない所で泣いたりはしていたけど。
なのに、どうしてだろう。
今までは私の周りに黄色のKEEP OUTのテープを囲んで、簡単に私の中まで入って来れない様にしていたのに…何でこんなに簡単に工藤君を入れているのかな。
入れている、というよりは工藤君が入って来ている…?
でも……今までみたいにそれを嫌だと思わないのは、何故?
考えても考えても、その理由が出て来なかったから私は考えるのを止めた。
『………工藤君に弱体化か何かの呪文をかけられている気がする』
「はぁ?何だよそれ」
『んーん、何でもない』
涙はもう流れなかった。
私と工藤君は、ただ緩やかに過ぎていく時間に身を委ねる。
時折微かに聞こえて来る先生の声を聞きながら、残りの時間を過ごした。
prev / next