スペードのヒーロー
次に私が起きた時は救急車の中だった。
初救急車乗りが毛利さんとコナン君が覗き込んで来ているだなんて。
「……ビックリよ…まったく」
「名前ねーちゃん!?起きた?大丈夫?」
「大丈夫だよ、横になってるからなのか平気。………ありがと、コナン君」
「へっ?」
「私を助けてくれて」
ニコリと笑うとコナン君が困った様に表情を作って目を逸らした。
…どうしたんだろう?
何かを言おうとしているコナン君を私は待つ。
「……でも、名前ねーちゃんに傷付けちゃったから」
「え?」
「見えない、かもしれないけど…足に傷を付けたことには変わりない」
「そうだなぁ…名前に当たらなかったことが不思議なくらいだったんだ」
毛利さんが同意する様に頷く。
でも私はコナン君を責める気も怒る気だってない。
だってコナン君が銃を撃ったのは、私を助ける為でしょう?
意味も無くコナン君が撃つ筈ない。
危なかったんだぞ!なんて毛利さんがコナン君の頭をぶった。
「も、毛利さん…!コナン君なりに私を助けようとしてくれた結果なんです。…何も気にしてないし、君が気に病むことは何もないから。だから、ありがとう」
「……いや」
さっきの表情じゃない、まさか御礼を言われるとは思ってなかったんだろうコナン君が戸惑いを表しながらも笑ってくれた。
「そういえば、手に何持ってるんだ?」
「え…あ、これですか?スペードのエース、……工藤君のトランプです。きっと私…無意識の内に工藤君に助けを求めてたんじゃないかなって思うんです。…結果、彼はこうやってヒーローみたいに私を助けてくれました」
「?あの探偵ボウズはお前のことを助けてないだろ?」
「……クス、きっと、代わりにコナン君が助けてくれたのかな?」
「え!?」
驚いた様に声を引っくり返らせたコナン君が今度は顔を赤くした。
それを見て、あぁ日常が戻って来たんだって実感して……今までずっと持っていたトランプをもう一度握り締めた。
家に帰って、蘭からの電話に出て大丈夫だってことを伝えてソファで一息つく。
…心配、させちゃったな。
電話先で泣かれちゃってどうしたら良いか分かんなくて、平気だってことも伝える為に今から事務所に行こうかと言ったら断固拒否されてしまった。
そんなに全力で拒否しなくても良いのにって思ったけれど、とっても心配してくれていることが分かったから大人しく家で療養することにした。
「……あ」
短パンから見えた銃痕に、つ…と指を這わせる。
小さな痛みは感じたけどそんなに大きな怪我でもなかったから消毒してもらって病院から帰宅した訳だけど。
「…やっぱり、痕残るかなぁ」
うーん……私はそんなに気にしないけど、コナン君が気にしそう。
何度言ってもやっぱり気にしてるみたいだったから。
私を守ろうとして付けられた傷痕。
死ぬかもしれなかった窮地をこれだけの傷痕で助かったのだから喜ぶべきだと思う。
………それにしても、今日は何だか長い一日だったな。
ヘリコプターが落ちたり、アクアクリスタルに行ったり、溺れたり、コナン君と……、
「………………あああぁぁっ!!?」
わたっ…わた、私、あの時、コナン君とキスしちゃった!?
勢い良く立ち上がったことでビリと傷口が痛みを発したけどそんなこと今は気にならなかった。
ちょ、ちょっと私何をした!?
キスだよね、うんキスだよ…マウストゥマウス……。
「きゃあああ何をやってるんだ私はあぁぁ!!」
いやでもあれは人工呼吸というかそれ以外の何物でもないから別に気にしなくても良いのかなっ!?
でもでもコナン君にとってのファーストキスを無理やり奪っちゃった訳だし、コナン君=工藤君なんだからそれはつまり工藤君とのキスで…。
本当だったらきっとコナン君(工藤君)とキスするのは蘭で私じゃなくって、でも事故とは言えキスしちゃったのは私で。
あーっもう!訳が分からない!!でも……、
「……どうしよう…コナン君の顔、見れない、よ」
顔が熱い…まさかこんなことになるなんて思ってなかった。
へにゃりと床に崩れ落ちた私は両手で顔を覆って熱い顔を冷ます努力をする。
…キスくらい何てことないわ、なんて思っていた元の世界の自分の性格に戻りたい。
これからどうしたものかと思いつつ、頭に蘇るキスシーンを必死に振り払おうと頭を振った。
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