それから何が起きたかあまり覚えて無い。気付いた時には自分の自転車の荷台に乗っていて、静かに景色が流れていた。あたしの目の前にあるのは祐希の背中で、あたしが掴んで居るのは祐希のセーターだ。

何であたしは祐希と二人乗りしているんだろうなんて思いながらも、あたしは何も喋らなかった。目の前の祐希も何も喋らない。だから耳に残るのは日常生活から生まれた残響音ばかりだった。



「……ねぇ名前」

「なによ」

「……セーター伸びる」

「ごめん」

「悪いと思ってるならもう少し掴むとこ考えてくれる?」

「うん」



少し伸びてしまった祐希のセーターからそっと手を離す。それから何処に掴まるか悩んでいると、不意に自転車が止まった。それと同時に前から両腕を引っ張られ、自転車の荷台に乗るあたしは後ろから祐希に抱き付く体制になっていた。そして行き場が無かった手は、今では祐希のお腹の前で交差されている。

そんな時、斜め上から視線を感じてそっちに目を向けて見ると、タイミング良くこちらに視線を向けていた祐希と目が合った。そして「ちゃんと掴まってて」と言うなり前を向いて自転車を動し始めた。



「祐希、何処に行くの」

「何処でも」

「じゃあ海に行きたい」

「無理」

「じゃあ山でいいよ」

「無理」

「なら祐希が行きたい場所でいいよ、今日は妥協してあげる」

「……了解」



そう言って、祐希は少しだけ自転車をこぐスピードを上げた。それと同時に風が少し強く当たる。祐希の背中の温かさと相対して、あたしの頬をなぞる風は冷たかった。

これから行き着く先は何処だろうと構わない。何処へ行ったってあたしがやる事は決まっているのだから。



「……祐希、ごめんね」

「乗り掛かった船ですから」

「それ使い方間違ってるよ」

「間違ってないし」



あたしの失恋記念日に、祐希は何処へ連れてってくれるんだろうか。その場所は海でも無ければ山でもない。それだけは判ってた。だから祐希が何処に連れて行ってくれるのか、楽しみで仕方が無い。

今すぐに気持ちを切り替えるのはきっと無理だ。だから時間を掛けて、ゆっくりゆっくり整理しよう。さようなら、悠太への恋心。アナタを想っていた日々は、確かに幸せなものでした。


2012/02/24

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