「名前なら、ちゃんと生きてはる。……せやけど…」



金造は俺の問いに対し一瞬顔をしかめ、そないな事を告げはった。その瞳は揺れ動き、明らかに動揺してはる。そのまま金造は何も言わんと席を立った。ほんで、俺を一瞥してから部屋の扉を手に掛けた。まるで俺について来い、と言わんばっかりの視線を投げ掛けて。俺はまだ少し痛む身体を叱咤し、金造の後に続いて部屋を出た。綺麗に清掃された病院の廊下は、独特の香りが充満しとる。これがまた何ともいわれへんかった。

そないな時に視界に入ったネームプレートにはどれも名前が一つ書いてあり、このエリアが一人部屋なのだと知った。せや、俺も一人部屋やったな…と思い出しながら金造の背を追っとると突然、金造が足を止めた。ほんで「此処から先は柔兄に任せる」とだけ言い残し、俺に背を見せて踵を返してた。



「なんなんや、金造のやつ…」



意味のわからへん行動をされて多少途惑うも、名前の状態確認の方が先決やと案内された部屋のネームプレートに目をやった。そこには確かに「志摩名前」ちゅう名前が書かれとった。俺は緊張しながらノックし、ほんの少し間をおいてからそのドアを開いた。ほんで部屋の中に足を進めていく。

扉の先には、ベットに座りながら窓の外を眺めとる名前の姿があった。名前の部屋は俺がさっきまでおった部屋とおんなじ造りで、殆ど変わりはあらへん。俺は名前のベッドの傍までそのまま足を進めた。ほんで何事も無かったように、俺は名前に語りかけるべく口を開いた。



「名前、もう起きて大丈夫なん?」

「…えっ?あ、その…」

「どないしたんよ。せや、やっぱりまだ調子が悪いんとちゃうん?」



それなら今、看護師はん呼ぶさかい。と言うてベットに備え付けてあるコールボタンを手に取った瞬間、不意にその手は止められた。名前の手によってや。困惑した瞳をこちらに向けつつも、その手はしっかりと俺の手を握っとる。それが妙に恥ずかしくて、俺はコールボタンから手を離した。それと同時に離れてい名前くの手。

少し名残惜しく感じながらも、急に湧き出てきた違和感に俺は顔をしかめた。何かが、おかしい。ここにおるんは名前なのに名前じゃないような気がしてならなかった。姿形は一緒かて、中身だけが入れ替わってしもうたような、そないな感じがして。



「あの、私はどうもしてないんで!それで、その……どちらさんどすか?」

「、何言うて…」

「すんまへん、私…今、記憶が無いらしいんどす」



先生が言うには事故の後遺症らしうて、なんて今まで見たこともない笑い方をした名前が言わはった。事故の後遺症?記憶消失?そないなもん漫画やドラマの中だけの話やと思っていた。なのにそれが今目の前で、現実で起きとる。

ほんで今になってようやっと、金造が何故あないな顔をしていたのか理解出来た。もし俺が金造やったら、きっとおんなじ行動をしとった筈や。



「自分の名前は判るんか?」

「名前、ですやろ?」

「なあ、ほんまに何も覚えてへんのか?自分が怪我した理由とか、」

「……何も知らんのです。気付いたらこの部屋にいて、思い出さな思うて頑張ってみても、頭の中は真っ白で何も浮かんでこなくて」

「そない、なっと…」



名前の顔で名前の声でそないな事を言われてしもうては返す言葉が出てこない。それを理由にして俺は歯切れの悪い言葉を残した。そして少しだけ、目を伏せる。ほんでそこからはただ自問自答の繰り返しや。

生きててくれただけでも儲けもんやないか、とか。何時か記憶が戻るかも知れへんやろ、とか。そら完全に今の名前の存在を否定しとるような事でも、自分が納得のいく理由を無理矢理こじつけ続けた。



「ま、まあ!名前が無事でなによりや!ほんま良かったな〜!あ、自己紹介がまだやったな。俺は志摩柔造。御前の兄貴や」

「私の、兄さん…?」

「せや。今まで『柔兄、柔兄』呼んどったさかい、そないな風に呼んでくれると嬉しいんやけど…どや?また柔兄って呼んでくれるか?」



俺は酷い人間や。どないな姿形かて名前は名前なのに。俺は名前がニヒリズムなんやないかと思うてしまう。全てが偽り、仮象だと。だがそれは名前に謝りたいが一身の想いからやった。

せやから俺は、自分のエゴをなんも知らん名前に押し付けようとしてはるのかもしれん。何時か来はる日を祈って矛盾した想いだけで俺は自分を突き動かすんやろうか。自分のエゴで名前を否定しそれでいて名前を守ろうと。この想いの名も知らぬままに。



裏側
(キミなのにキミはキミじゃない)


2011/07/02

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