気付いた時には既に、自分が自分であらへんような感覚に蝕まれとった。真っ暗な視界の中、身体は火照り、そのせいか頭がボーっとしはる。ほんでちょいちょい、どうしようもならない刺激が私の頭の中を覆い尽くした。閉じとった目を開けて目の前を確認しよとした瞬間、何かが私の口に押し付けられる。御陰で此処が何処だかも判らなかった。

感覚が麻痺していた脳がその行為をキスや、と告げはる。だが突然キスしてきた相手に抵抗しようかて身体の自分が利かないため意味が無く、ただ相手の成すがまんまやった。強引に舌を絡ませられられるようなキスをされた私の頭は、もはや沸騰寸前や。ほんで、嫌な筈のその行為を受け入れようとしてはる身体に酷く苛立ちを感じとった。



「ん…んんっ…、」



こんなのは自分やない、とボーっとしはる意識を集中してどうにかしようにも、身体は正反対の行動を取る。絡めたくない舌を絡め、誰かもしらへん相手の首に手を回し、求めてへん相手を求めてはる。

こんなん私やない、私な訳が有らへん。何かの間違いや、そうに決まってる。じゃなきゃ有り得へん。私は今も昔も柔兄の事だけが好きなんや。私の身体を許すのも柔兄だけで、なのに何でなん?何で、私ばっかりがこんな目に合わなアカンの?私が何かしたんか?ただ、好きになった相手が血の繋がりのあっただけやん。



「…も、…嫌やっ…、」



助けを呼ぼうにも徐々に快楽にのまれていくさかい、声を出す事が出来へん。どこまでも私は無力やった。さっきまで着ていたコートは既に脱がされとって、私が今身に付けているのはインナーのみ。ああ、もう終わりや。と自分を戒め、これから先に自分の身体に訪れるであろう衝撃を、目を閉じて待ち構える事にした。やけんど何時まで経ってもその衝撃は訪れへん。不意に気になって目を開けた。

するとそこに居たのは心配そうな表情をした柔兄やった。あまりにも突然の登場に私は瞬きを繰り返す事しか出来へん。ただひたすら呆然としてはる私に柔兄はコートを着るよう促した。そして直ぐに柔兄は私に背中を向け、錫杖を構えはる。



「名前はそこで大人しくしとき。こいつは、インキュバスは俺が片付けたる」

「…何で、柔兄が…」

「妙な胸騒ぎがしよって駆けつけたんや。まあ来てみて正解やったけどな。とにかく、御前が無事で何よりや」



その言葉を私に投げかけ、柔兄は錫杖片手に何かに殴りかかっとった。私の意識がはっきりしていくにつれ、それが何なのかようやく理解する事が出来た。柔兄が相手にしてるのはあの日見たサキュバスやった。今かて豊満な肉体を惜しげもなくさらしてはる。だが理論的に理解する事は出来なかった。サキュバスは男を襲う悪魔で、女を襲うんはインキュバスの筈や。

なのに目の前に居はるのはインキュバスやのうてサキュバスで、そうすると私はサキュバスに襲われた事になってしまう。そんな私を見て、サキュバスは何か面白いものを見るかのように微笑んでいた。その笑みを見て、私も柔兄も改めて身を引き締める。




「ねぇ、まだ気付かない?」

「…何の事や。言うてみぃ」

「サキュバスとインキュバスは同一体なのよ。それに狙いはアンタじゃない。私の狙いは最初から名前、貴女だけ」

「…狙いは、私…?」

「ええ、美味しそうなのは貴女の方。貴女は禁断の果実の匂いがするからもの。……だから、私の邪魔はしないで!」



先程までの立ち振る舞いとは打って変わり、サキュバスは長く鋭利な爪を使って柔兄に切りかかった。柔兄はサキュバスの攻撃を交わし、錫杖で応対しはるが相手のスピードは一向に下がる事はなく、柔兄の体力だけを徐々に奪ってはる。そのせいで鈍くなった柔兄の法衣にはサキュバスの爪痕が刻まれ、法衣はボロボロ。そして柔兄の身体の至る所が赤く染まった。私かて愛用の拳銃を構え応戦したが、狙いを定めるも、なかなか奴には当たらへん。

それに何かがおかしい。幾ら素早いサキュバスかて、確実に私等の攻撃を受けてはる筈や。なのにそれを一切諸共せぇへん。そこでハッとした。サキュバスとインキュバスは同一体であると確かにそう言うとった。そして奴の狙いは、私。もし私が立てた仮説が正しければ、確実にサキュバスを仕留める事が出来る筈や。そう思った私は、護身用に持ってはったエンブレムを象ったナイフを取り出し、利き手に持った。そして利き手では無い腕を、自らの手で斬りつける。



「…うっ、」



斬りつけた腕からは赤い血が次々と流れ、溢れ出た私の血液は畳を赤く染めていた。鋭い痛みに眉を潜め、視線を赤く染まった畳からサキュバスへと移しとった。そして、私の仮説は正しかった事を知る。私が自らの手で斬りつけたのは左腕や。

そして今、サキュバスの左腕にも同じような傷が現れよった。それはつまり、サキュバスの核は未だに私の中にあり、あれはサキュバスでありながもサキュバスやない幻影らしい。せやから私が傷付けばサキュバスも全く同じ傷が付く、…そういう構造になってはるようや。



「…弱点、見つけたりやな」

「くっ!名前、貴様…」




ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべ呟けば、サキュバスは悔しそうな顔で私を睨みつけてきはった。サキュバスは致死説は解明されてへんが、悪魔は取り憑いた人間が死ねば共に消滅させる事が出来る事は証明されとる。せやから私がこのままサキュバスと共に死ねば一件落着や。

死ぬのは怖いか怖くないかと聞かれたら、それは確か怖いものや。せやけど今、ここで私がサキュバスと共に死なへんかったら、柔兄は殺されてしまう。そんなん、絶対に嫌や。柔兄が殺されるくらいなら、私が代わりになったる。悪魔に魅入られた私にはその役割の方が性にあってる。このまま死んだって後悔なんてあらしません。だって、最後に柔兄は私を助けようとしてくれたやんか。それでもう、十分や。もう、私には何も怖いもんなんてない。



(20110629)

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